町田康『耳そぎ饅頭』

まちだこう みみそぎまんじゅう

『耳そぎ饅頭』表紙

2000年3月 マガジンハウス 256頁

2005年1月 講談社文庫 281頁

目次

  1. 収入のクライベイビー
  2. 心が融ける。俺は儲かる
  3. 顕現する、ワオ!暴力世界
  4. 自由ってアホだよね。
  5. 人生の転機、精神のこれから
  6. 口蓋のファンカ
  7. 蟹道楽因果紀行。へらへら道中
  8. ついに自宅を新築
  9. パンク野郎が外遊を<<一>>
  10. パンク野郎が外遊を<<ニ>>
  11. カット・NG。カット・あぎゃぎゃ
  12. 腹の破れかぶれ。腹ぶれ
  13. 樹下に狂へ、俺の心よ。
  14. 虚ろ飯、うつけ飯
  15. O氏も俺も無口だったぜ
  16. 地獄の快男児
  17. 狂気のほむら
  18. 「イルカがくりくり回るんやと。あほらしもない」と、思てたら
  19. 夢幻に死す
  20. 俺をなめるな。侮蔑すな。
  21. ヘイ。俥屋さん
  22. 盆の帰省の荒魂
  23. 月下の西行法師
  24. ちゃんとしたいと思ってね。
  25. 猿の消費
  26. 赤色電動物たる俺
  27. 般若がスリッパーを……。
  28. 平服でミッション、土民のセッション
  29. 個人の暴れん坊
  30. 遥かなる道程

10字概要

うくく的偏屈脱却随筆

100字レビュー

こんな自堕落ではいかんと社会性を獲得すべくもがくパンク歌手を、半ば他人事のように冷静に、あるいは友人のごとき馴れ馴れしさでともに踊りながらも嘲笑するエッセイ集。刹那的であることのエネルギーだ。うくく。

1000字の賛辞

コンセプチュアルなエッセイ集です。だからこれは恐らくエッセイ集ではない。短編小説集と読んだほうがいいんでしょう。そう読むことにします。

主人公はうだつのあがらないパンク歌手。偏屈に自堕落に過ぎゆく日々にそれなりに自足しつつ、自足している自分にふいに疑問が生じるわけです。このままでよいのだろうか、自分は果たしてダメ人間なのではあるまいか? そして、パンク歌手はパンク歌手なりの社会性を獲得すべく立ちあがるのです。

例えば自分はカラオケに行ったことがない、あんな阿呆な真似はできるかとこれまで拒んできた。しかし、この偏屈さこそがCDが売れぬ最大の原因なのではあるまいか。といって敢然とカラオケに向かうのですね。で、「けっこう楽しいやん」といって踊りまわるのだ。

すべてこの流れになってます。テレビでグルメ紀行番組を見ている、欲望をさらけ出して恥ずかしいやっちゃ莫連女め、っつってこれがいかんのだ蟹食うたる。といって北海道へ飛ぶ。ね。あるいはディズニーランドへ行ったことのない自分を恥じて行ってみたら感涙。ね。そんな風な主題が繰り返される連作小説です。

ノーマルな人々の素晴らしい社会生活に、初めて気がつくパンク歌手。俗っぽい行動をとることで凡人、あるいは俗物にまで自らを貶め(高め?)ようとする決意は、それもひとつのパンク。ってことですかね。どちらにしても、僕はパンク歌手だけど道で会っても避けないでね、という人のよさを全面に出してます。

ただ、これを小説というのは、主人公にそんな言動をとらせつつも、書き手である町田自身は自分で髪をざんばらに切ったり、自宅で蛍踊りを踊ったり(まぁ踊らないでしょうけど)する生活のほうをやっぱり快く思っているように感じられるということですね。いや、町田は偏屈だと宣伝広報してあるくのではなしに、「あー、自分をモデルにした主人公に、ここまでさせるかぁ?」と自嘲気味な人物造型に感嘆するのです。そのギャップが楽しめる読み物です。

そのストーリー性に加え、いつもながら文章表現も卓抜です。異物感がありながらも喉越しよく、たたら踏んでるにもかかわらずリズミカル。この特異な文体自体も小説とエッセイの垣根を唾棄するように畳み掛けられます。各章タイトルもすごいよね、「顕現する、ワオ!暴力世界」「樹下に狂へ、俺のこころよ。」 「虚ろ飯、うつけ飯」。ああ楽しげに踊るパンク歌手。ってんでおすすめです。