白石城

物語の舞台への旅

白石城 - 古川日出男『聖家族』の舞台

白石城(宮城県・白石市)

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白石城が復元されて、それで充分だったか。いや。いかにきゃっするくんを運行しても、観光客は爆発的には増加しない。リアル城下町としての、現在。

宮城県南部は蔵王の麓、白石城を中心とした城下町、白石です。武家屋敷など古い町並みが残ります。「きゃっするくん」はコミュニティバスです。

小説中では「平成元年の城下町」というキャッチフレーズのもと、市街エリアでは「今が平成元年であることを装う」観光地となっています。アーケードに貼られた美空ひばりのポスター、小錦初優勝の映像を流すテレビ。これはさすがにフィクションなのですが。

白石城について

白石城(しろいしじょう)は、宮城県白石市にあった日本の城である。別名益岡城(枡岡とも)。

主として仙台藩伊達氏の支城として用いられ、片倉氏が代々居住した。九州の八代城などと並んで、江戸幕府の一国一城制の対象外とされて明治維新まで存続した。天守の代用となっていた三階櫓は、支城という格と幕府への配慮から天守の名をはばかり大櫓と名づけられたとされる。かつての城は、本丸、二の丸を中心に、幾重にも外郭を備えた堅城であった。虎口のうち、大手門付近には幅が変化し、鍵の手に折れる通路など,特に工夫がみられる。

明治初頭の廃城令により廃城処分とされ、ほとんどの建物は破却された。天守閣は石垣なども撤去され更地になった。現在、三階櫓など本丸の一部が1995年に木造で復元されて現在は公園となっている。

現存する建物としては、厩口門が市内の延命寺山門に、東口門が市内の当信寺山門に、どこの門か定かではない城門が名取市の耕龍寺山門に、煙硝蔵が市内の個人宅に、それぞれ移築されている。土塁は当時のものがそのまま残っている。

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