交通博物館

物語の舞台への旅

交通博物館 - 黒川創『かもめの日』の舞台

交通博物館(東京都・千代田区)

JR中央線が御茶ノ水駅から神田駅にむかって、神田川ぞいに、古い煉瓦造りのアーチでできた高架の上を少しずつ右にカーブを切りながら走っていく。で、交通博物館の施設は、この高架下のスペースも、そのまま展示室として利用している。

ラジオ番組のトークセッションというシーンから引用。交通博物館のベテラン学芸員がゲストで、引用部はメインパーソナリティーが説明してる部分。「あさって5月14日で閉館」というタイミングでのセッションです。

これは小説のなかの話ですけども、実際にこの位置にあった交通博物館は2006年5月14日に閉館しています。小説中でその史実がそのまま語られています。現在廃止となっている「万世橋駅」の遺構を使った博物館であって、昔は中央線の始発駅だった。ホームや階段など駅だった頃の構造がいまも残る。最初は「鉄道博物館」という名だったけど、戦後に日本交通公社に運営委託されてから「交通博物館」となった。というようなこと。

この後継施設が、現在大宮にある「鉄道博物館」です。

交通博物館について

交通博物館 全景(2006年4月1日撮影)

交通博物館の食堂入口 (2006年2月8日撮影)

交通博物館の食堂のカレーライス (2006年5月1日撮影)

万世橋より交通博物館を望む(2006年5月3日撮影)

交通博物館と旧万世橋駅ホーム(2006年6月25日撮影)

万世橋より交通博物館の「EF551」の展示(2006年3月30日撮影)

閉館後の状況(2007年5月21日撮影)

博物館入り口に展示されていた新幹線0系の先頭部分(2006年3月7日撮影)、交通博物館閉館後、鉄道博物館に移され展示されている。

交通博物館内中央ホール(2006年5月3日撮影)

クハ167運転台付近のレプリカ(2006年5月14日撮影)

交通博物館(こうつうはくぶつかん、英語: Transportation Museum)は2006年まで東京都千代田区神田須田町に置かれていた、交通の全般にわたって収集・展示を行う日本の博物館であった。秋葉原駅から徒歩3分、御茶ノ水駅から徒歩5分、神田駅から徒歩6分の場所に位置していた。

東日本旅客鉄道(JR東日本)が所有し、財団法人交通文化振興財団に運営を委託していた。

2006年5月14日限りで閉館し、後継施設として翌2007年10月14日に埼玉県さいたま市大宮区・北区大成町に鉄道博物館が開館した。ただしこれは鉄道部門に限定した「収蔵品展示事業」のみの後継であり運営する団体が異なるため調査研究活動の継承は行われておらず、交通博物館と鉄道博物館の連続性は一部においては保たれていない。

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