川中島

物語の舞台への旅

川中島 - 井沢元彦『逆説の日本史9 戦国野望編』の舞台

川中島(長野県・長野市)

川中島の合戦の目的は、謙信が「村上家の支配権を回復すること」であり、信玄が「それを阻止すること」なのだから、どちらが戦争目的を果たしたか、すなわち「勝った」かは明確だろう。信玄の圧勝である。

上杉謙信と武田信玄の5回に渡る因縁の合戦、川中島。千曲川河畔のその古戦場は八幡原史跡公園として整備されている。公園には、謙信が単騎で武田方本陣へ飛び込み、信玄に太刀浴びせた伝説のシーンを再現する像が立ってる。

その一騎打ちが本当にあったことなのかについても論じられる。「そんなバカなことあるわけないじゃないか」が通説なのだが、著者は「あったかもしれない」と言ってます。なかなかおもしろい論考です。

軍師山本勘助も川中島の合戦で討たれていますので、大河ドラマ「風林火山」では重要な地点になるんでしょう。その前に、歴史を訪ねに出かけてみては。

川中島古戦場(るるぶ.com)
http://www.rurubu.com/sight/detail.aspx?BookID=A2601131

川中島について

川中島(かわなかじま)は、長野県長野市の犀川と千曲川に囲まれた三角地帯の地名。

地形的には、長野盆地へ流れ出した犀川が盆地への出口を扇頂として形成した扇状地の扇端から千曲川との合流点にかけての区域に当たる。扇頂部と扇端部との標高差は南に約12m、東には約24mある。扇状地上はこの扇頂付近を水源とするかつては何本もに分かたれた枝川からは昭和初期まで鮭や鱒などの漁獲量が豊かだった。またそれら枝川だった用水網によって灌漑され、肥沃な耕地が開かれてきた。千曲川はこの犀川による扇状地によって東側の山際へ押し付けられ、避けるように南東の松代方面へ大きく曲流する。

長野冬季五輪の開閉会式場となった南長野運動公園建設に際しては、しばしばの大洪水に流されたり埋められたりしたと見られる室町時代から弥生時代にまで遡る大集落跡が確認されるなど古来から人々が暮す豊かな地であることを示している。現在では白桃の発祥の地としても知られている。川中島へは両河川を渡るいくつもの橋がある。

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