
東京から房総をひとまわりして、法隆寺へ寄って、石川県の実家へ帰る。復路では和歌山から伊勢のほうへ足を伸ばして東京へ、という常人にはありえないルート。

館山の海
この頃僕は「時間はあるけど金はない」という標準的な学生で、それゆえ、青春18切符を使って鈍行旅、それ以外は考えもしなかった。そうこうするうちに「鉄道」という趣味分野にゆるゆると引きこまれてゆき、「乗りつぶし」を目指したいとひとり心に誓ったりしていた。だからこの旅程で不審なルートがあるとするなら、それはその路線に乗りたいだけだったりする。
以下、メモを元に旅を再現してみる。大学の春休みに、ちょっと石川の実家へ帰ろうと、その往復旅程での寄り道(というのか大回りというのか)旅だ。
気象庁の計画通り雪になった。3月とは思えない寒さだ。蘇我で列車待ちの間、自販機で温かいココアを飲んだりした。陽が昇るにつれ雪は雨に変わっていったものの、止む気配は見えない。茂原で下車する予定を変更し、午前中はずっと列車に乗っていた。

安房博物館
館山でようやく雨が上がったので下車する。冷たい風がごうごうと行きすぎる海沿いを歩く。寂れた博物館・水族館からは遠く館山城が見える。
木更津では狸囃子の證誠寺へ。境内に狸がいる。檻の中で神経症ぎみに動きまわっていて、あまり可愛いものではない。
久留里線に乗り、終点上総亀山まで行ってみる。自然に溢れた湖の町だ。千葉で終着駅の風情が味わえる。釣り上げた魚を誇らしげに掲げる男の写真が駅舎に貼ってある。素晴らしく千葉らしいではないか。
千葉駅で降りて夕食。駅前再開発中でばたばたしていた。せいぜい大都会になってほしいものだ。
品川駅で2時間並び、大垣夜行に乗る。例によって例のごとく。座れただけでよしとすべきか。

法隆寺
中学校の修学旅行以来二度目の法隆寺。拝観料は高いが、「世界最古の木造建築」などと言われるとそれだけでひれ伏してしまうのだ。だって1300年も建ってるんだから、頭が高いってなもんだ。時が止まった感じ。拝観料が年々高くなろうとも(しつこいな)ここだけは飛鳥の時が流れている。ぼんやりと塔など見上げているだけで癒される思いだ。
ここはやはり百済観音が素晴らしい。柔らかく直立するその麗しい姿を、今回は見に来たのだ。中学校の頃には当然、その美しさは分からなかった。歳をとって(というほどではまったくないのだが)、知識が少しずつ増えるにつれ、もう一度見なければ、もう一度見て心にとどめなければいけないと思い始めたわけだ。
当時、ガラスケースに収められていた(今は知らない)。風化を防ぐためにはしようがないのかもしれないが、彼女はこんな狭いところにいるべきではない、とぼんやり感じていた。
それから中宮寺へ。漆塗りの弥勒菩薩。「金剛仏かと見間違ごうほどの輝きでございましょう?」おばさんの説明を拝聴する。確かに。
さらに法輪寺。この辺りは静かだ。拝観者も僕しかいない。堂内にずらり並ぶ木像。続いて法起寺。受付のおやじは無愛想だが、日本最古の三重塔がある。

迷子の土管
さて駅へ戻ろう。遠くに線路が見える。駅の方角は分からないが、とりあえず線路のところまで行こうと、田圃の中を歩く。踏切に出た。右を見ても左を見ても駅らしい姿は見当たらない。どっちだろう? とりあえず右へ。なかなかつかない。・・・迷子になってしまったのだ。いったん右を目指した以上、引き返すわけにはいかなくて。線路に沿って歩いていけば必ずなんらかの駅へ出るはずなのだ、それはもう間違いなく。
歩いていたおばさんに「この辺に駅はありますか?」と訪ねる。「遠いよ」「どれくらいかかります?」「そうやねぇ、私らの足なら半時間はかかるわ」「・・・半時間・・・」時計を見る。これでは予定していた電車に乗れないではないか。夜中へ実家へ着く綿密な予定であるから、これではそこまで辿り着けないかもしれない。大変だ。ダッシュだ。
何度も足がつりそうになりながら、走り続ける。重い荷物がどんどん体力を奪って行く。息も絶え絶えに駅に着く。発車直前の奈良行きに飛び乗る。予定より30分後の電車だ。電車内で時刻表をめくる。奈良へ出て京都へというルートだが、関西本線で逆に大阪へ出たほうが早かったということに気づく。まぁ乗っちゃたもんはしようがない。福井で下車して夕食・古本屋という時間をとってあったので、そこで追いつけそうだ。
なにやってんだか。今の僕なら「ビジネスホテルに飛びこみゃいいじゃん」と思うのだが、当時はホテルに泊まるのは堕落と考えていたので、野宿か車中泊のどちらかしか頭にない。3月じゃ寒くて野宿は無理だし、最悪は大垣夜行を往復するか(上り下りの交差点で逆方向に乗り換える。一度やったことがある)と思ってので、なんとかめでたしだ。福井では立ち食いそばをすすりこんで実家へは終電で入る。