夢の九州一周(1)

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1995/08/13
大阪―広島―下関
1995/08/14
下関―二日市―太宰府―天神―博多―二日市―長崎
1995/08/15
長崎
1995/08/16
長崎―佐世保―武雄温泉―吉野ヶ里公園―佐賀―唐津
1995/08/17
唐津
1995/08/18
唐津―佐賀―二日市―大牟田―柳川―久留米―二日市―鳥栖
1998/08/19
鳥栖―日田―豊後森―由布院―大分
1998/08/20
大分―豊後竹田―阿蘇―熊本―三角―熊本
1998/08/21
熊本―八代
1998/08/22
八代―川内―指宿―山川―枕崎―鹿児島
1995/08/23
鹿児島―国分
1995/08/24
宮崎―油津―志布志
1995/08/25
志布志―飫肥―青島―日向新富―延岡―大分
1995/08/26
大分―宇佐―別府―小倉―三原
1995/08/27
三原―姫路―福井―金沢

二週間かけて九州をひとまわりする野宿旅。青春18切符を2セットで。

8月13日(1日目) まだ九州には入らない

広島市現代美術館

広島市現代美術館

九州一周の旅に出た。青春18切符を何組も買い、鈍行と野宿の旅だ。スタートが大阪になっているのは、部活の試合が大阪であり、そこから直接旅路についたため。

広島へ。初めは平和公園へ行こうと思っていたのだが、駅前のポスターを見て気が変わる。広島市現代美術館(写真)で「ヒロシマ以後−現代美術からのメッセージ」なる企画をやっている。これはぜひ見てみたいと美術館へ。ウォーホルや岡本太郎、ダリなど幅広く核に関する作品を集めてあってお買い得だ。ただ、あまりに濃すぎて打ちのめされてしまった。作者、タイトルも忘れてしまったのだが、ミレーの『晩秋』をパスティーシュしたもので、キノコ雲を背景としてピストルを持った二人が静かに眼を閉じている、という絵があり、鳥肌が立ってしまった。何故だろう、作者の念が強く画布に張りついていて、それが僕の何かに触れたのかもしれない。疲労困憊し、ベンチで休まねばならなかった。

夜は下関へ。駅前には特攻服の方々が座っている。もちろん特有の座り方で。公園ではスケボーの方々が。まずい街だ。道端にあったカバ仕様のベンチで二時間ほど半眠。寝不足は朝の空いている列車で取り返そう。

8月14日(2日目) 太宰府歩き

都府楼跡

都府楼跡

二日市で朝風呂に入る。コインランドリ−を発見、洗濯する。

太宰府は大変な混みようだ。人込みが嫌いな僕としては早々に退散するしかない。負け惜しみではないが、天満宮の社はたいしたものではなかった。隣の光明禅寺はうって変わって静か。こんなに見事な石庭があるのに、天満宮を参った客はなぜ光明寺へ寄らないんだろう。木を見て森を見ずだろう? 違うな、何かそんな言葉があったような気がするんだけど、まあいい。

長い行程を歩いて観世音寺。日本最古の梵鐘(国宝)がある。それを観光客のおやじが打ち鳴らしていたのだがいいのか? 国宝だよ、国の宝だ。博物館入口のおやじは「学生一枚」と言ったのに一般の券を売りつけやがった。サングラスをかけていたからか? それも「お前みたいな奴に御尊像の有り難さがわかってたまるか」とでも言いたげな顔で。知識はまだまだ足りないが、感じることはできる。それでいいではないか。全国でも例がないそうだが巨大な仏像が何体も並んでいる。それらが互いに打ち消し合うことなく強力な自己主張をする。いいではないか。

それから都府楼跡(写真)。礎石だけが残っている。見渡す限りここら一帯がすべて敷地内であるという巨大さ。いいよね、想像させるってのが。芝生だったから横になってみたかったのだが観光客が多いのでやめておく。

博多は天神へ出るのだが何だろうこの人の多さは。帰省して来た人達もいるのかな。歩いてみる気にもなれない。結局、博多はどこも見ずに逃げ出す。再び二日市へ行って、別の温泉へ。

長崎までの列車移動中におもしろいものを見た。母親が娘(小学生か)に「Once more」と肩を揉ませている。英語教師だろうか、「英語教育は小学校から行うべき」との強い信念を持っているのか。「まだ?」と娘。「そういう時にはね、Finished?って聞くのよ」「フィニッシュト?」「Not yet」。なんだかほのぼのとしていて頬が緩んでしまう。それから娘は足を使って肩を叩き「ホワッツディス?」などとやっている。泣きそうなくらいいい風景だった。途中下車の鳥栖は田舎で、諫早はもう少し栄えている。

長崎到着。雨が降り始める。駅前のベンチが歩道橋の下で雨を防げたからそこで横になる。

8月15日(3日目) 長崎は雨だった

大浦天主堂

大浦天主堂

長崎だ。昨晩の雨もすっかり上がり上天気。

オランダ坂を登り孔子廟へ。怖いぞ孔子像。次は大浦天主堂。歴史的価値云々は置いておいても素晴らしい建築物だね。そしてグラバー園へ。古い建物を順に見て回る。

グラバー園から望む長崎港

グラバー園から望む長崎港

・・・ちょっと待て。僕は一般観光客とは一線を画した「旅人」であろうと思っている。が、これはまるで観光コースではないか。なんてこった。しかもそのあと崇福寺から眼鏡橋へと見てゆくのだ。コンビニで買ったパンを公園で食べながら「こんなことでいいのか、もっとストイックな旅のほうがいいのではないか」と自問する。おばさんがまいたパン屑に群がる鳩を眺めながら「まぁこんなものさ」とごちる。

崇福寺

崇福寺

午後はまず諏訪神社。地味だが河童狛犬だとか妙なものが多くて楽しめる。そのあとは、ここは外せない、平和公園。有名な祈念像を背に写真を撮る人々。しかし像をバックにピースサインを出すのは平和を祈る気持ちからではないんだろう? よくピースなんて平気でいえるものだ。つくづく日本は平和だと思う。

夕食はチャンポン。いちおう。

夜は精霊流しのイベント日。このために日程を合わせて長崎へ来たのだ。町のあちこちで爆竹が炸裂する中を船が進んで行く。歩道橋の上に見物人が並び、道路を進む船を見下ろす。もっと静かなものだと思っていた。さだまさしが唄っているくらいだから(有線で流れっぱなしだ)、わびしさを味わうものだと思っていた。ところが大変な騒ぎで10時くらいまで爆竹が鳴り止まない。公園では余った爆竹で二次会に興ずる人々。街中が火薬臭い。彼らが帰ったあと、公園で眠る。雨が降り出す。そう、長崎は今日も雨だったのさ。

8月16日(4日目) ここにあったのか?

朝、公園で顔を洗っているとホームレスのおっちゃんに「おはよう」と声を掛けられた。僕も野宿者らしくなってきたか。日ごと、眠りが安定してきている。慣れたのか? あるいは単に疲れがたまっているだけか。

佐世保はどこも見ずに公園で眠ってしまった。しかも列車に遅れそうになり走ってしまった。やっぱり疲れてるんだな。武雄で老人ばかりの温泉に浸かり、吉野ヶ里遺跡へ。

遺跡はテーマパーク的に整備されている。家族連れが(お化け屋敷に入るように)竪穴式住居へ入ってゆく。ただプレハブの休憩所がいい味を出している。「お荷物お預かりしましょうか? お茶いかがですか?」と親切この上ない。駅から遠いことが難点だな。バスもないし。

次は佐賀。佐賀城と佐嘉神社、松原神社だけ見た。いいかげん足が痛くてベンチで靴を脱ぐと靴ズレになっている。参ったなぁと思っていると、「祈らせてください」の兄ちゃんがやってきた。結構ですと言っているにもかかわらず祈り始めてしまう。祈りが始まっている! うろたえた。やめてください、こういうの嫌いなんです、どっか行って下さい。祈る青年。僕は逃げ出した。大失策だ。祈られたことなど一度もなかったのに。いらつくな。「あつかー、あつかねー」などと言いながら歩く女子高生の方言を聞いて気分転換。

唐津へと出る。公園で寝るのはもうお手のものだ。

8月17日(5日目) 唐津フリー

早朝の唐津の海。静かだ。砂浜を歩いてゆくと唐津城がある。海に映えて美しい風景なのだが、どうにもこうにも眠い。昼頃まで再度眠る。起きてから天守閣へ。両側の砂浜が翼に見えることから舞鶴城とも呼ばれたそうだが、名前負けだ。次に曳山展示場。やはりこれはショーケース越しに眺めるだけでは理解できない。実際の唐津くんちを見なくては。「盆や正月にも帰らない若者をも呼び戻す」そうだがほんまかいな。ま、楽しそうな祭ではある。でも曳山ではわが故郷七尾のでか山が日本最大なのだ。自慢。

街を歩き回る。ついに西唐津まで歩いてしまった。銭湯を発見するも休み。しかし、なぜ銭湯というものはこうもわかりづらい場所にあるんだろう? 隠すようにあるよな。港を見て唐津へ戻る。昨日と同じ公園で眠る。公園の前に女性占い師が座っていて酔っ払い相手に「占って行きませんか」と呼びかけている。