紀伊熊野、寺社巡り旅(2ページ)

旅行記

1997年9月22日(3日目) 緑深き熊野

湯の峰温泉
湯の峰温泉

翌朝。今日は熊野詣デーです。新宮からバスに乗り、湯の峰温泉で降りました。ここは熊野詣前に旅の垢を落とした歴史ある温泉場です。歴史あるというか日本最古の温泉とも。90度以上の源泉が湧き、周辺はきつい硫黄臭が漂っています。源泉で温泉卵を作ってる人たちも。

つぼ湯という立ち寄り湯があり、湯の色が7色に変化するとか有名なのですが、小さめの湯で、先客がいたために入れずにうろうろ。後から調べると、30分交代制で、番号札を受け取って待たねばならないのですね。知りませんでした。

東光寺
東光寺

そばにある東光寺に参拝。湯の花が化石状態となったものを薬師如来と見立て、本尊として祀った、かつてはその胸部に開いた穴から温泉が湧いていた、それで「湯の胸」と言ってたのが変化して「湯の峰」になった……とかなんだかすごい話。

しかしながら、そのご本尊を目にした記憶がない。外から参拝しただけだったと思うので、中にあって見えないのでしょうか。

このあとは熊野本宮大社方面へ向かいたいのですが、バスの時間がうまく合わなかったので、歩くことにしました。地図をみたらそれほど遠くなさそうだったし、時間もあるしということで。でも思ったより長い道のり。

熊野本宮大社
熊野本宮大社

ようやくたどりついた熊野本宮、熊野本宮大社です。「甦る日本!!」の垂れ幕がなんとも男気溢れる。熊野本宮大社、熊野速玉神社、熊野那智大社で熊野三山と呼ばれますが、古くから大勢の人々が参拝に訪れた熊野詣。

その熊野の中心で、熊野のバイブレーションを感じようとしばし目を閉じる。

4社が横に並ぶ、珍しい形をしています。

大斎原
大斎原

本宮大社を出て少し歩くと「大斎原」というところがあります。熊野川の河原のなかにあり、洪水で流される前まではここに本宮がありました。こんなに川の流域のなかにあっては流されても無理はないなぁという感じを受けますが、でも、近代化以降の、森林伐採による環境変化が熊野川を洪水の起こる川に変えてしまったのだと考えれば、それは人為的な神域破壊だと言うこともできます。

さて大斎原では現在も神々が祀られています。熊野川を御神体とする熊野のエネルギーは本来はここから湧いてくるはずです。社を移したことであわせて移動する霊力もあれば、地に留まるものもあるんだろうなと思います。そう思いながら、ここでもしばし瞑想するように目を閉じる。うん、やっぱりここはパワーが感じられますね。

周辺の河原を散歩すると、完全に砂利に埋まってしまった車がありました。どんなすごい洪水に襲われましたか。

熊野古道
熊野古道

世界遺産としてもその名を知られる熊野古道も、全部を歩き通すのは大変ですが、本宮からちょっとだけ入ってみることができます。というより、本宮への参拝のための道ですので当然ですね。少し石段を歩いて戻りました。

いつか、熊野古道を歩く旅もしたいですね。

熊野速玉大社
熊野速玉大社

本宮からバスに乗って、新宮エリアに戻ります。町を歩いて熊野速玉大社へ。熊野三山のひとつ。三山のうちふたつを今回尋ねましたが、速玉は普通の神社だなという印象でした。本宮ほうが圧倒的にパワーが強いせいでしょうか。

後から近くの神倉神社に寄らなかったことを後悔してます。

ほか島全体が沼に浮いている浮島の森だとか、新宮のみどころを見て歩きました。

阿須賀神社
阿須賀神社

途中で見つけた阿須賀神社。「あすか」という名前に惹かれて鳥居くぐってみました。由緒もよく分からないまま、大和飛鳥と関係があるんだろうか?と思いながら参拝。実際のところは小さな神社ですが、遺跡も発掘されてる古くからの信仰の場のようです。

この日も新宮で宿泊。

1997年9月23日(4日目) 帰路

尾鷲
尾鷲

列車で尾鷲へ出て昼食。周辺を散策。

その後名古屋もぶらついたりしながら帰る。(了)

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