京都寺社三昧(2ページ)

旅行記

1998年7月19日(2日目) 嵐山・嵯峨野へ

京福線
京福線

2日目は友人と回りました。実は初日もそのつもりだったのですが、「駅ビル伊勢丹の本屋で」待ち合わせたら伊勢丹に本屋はなかったという初歩的バカで出会えなかったんですね。

京福線北野白梅町駅より嵐山・嵯峨野へ向かいます。電車を撮るときの気恥ずかしさは何故なんでしょうか。「そういうんじゃないんだ!」という言い訳がつねに心のヒットチャートNo.1。コンパクトなデジカメだからいいようなものの、一眼レフなんか構えた日にゃ穴があったら入りっぱなしです。

天龍寺
天龍寺

嵐山は天龍寺。いいですね。いい庭の前では言葉なんか必要ないですね。

庭の前に座ってしばし呆ける。

竹の道
竹の道

嵯峨野を代表する風景たる竹の道。天龍寺からトロッコ駅へ抜ける方向に伸びています。若い女性たちが嬌声をあげながら写真を撮っておりました。あまりに有名な景観だけに、嵯峨野に来る人はみな通るようですね。

付近は人力車が走っていて、いいなぁと思っていると、乗っていた女性客の「お兄さんいくつ?」という腰砕けの言葉をすれ違いざまに聞いてしまいました。風情を味わいたいのではなく、ただ筋肉質の男に身を任せたいだけだったんですね。

哲学猫
哲学猫

北へ抜けると嵯峨野エリア。常寂光寺へ。ここには哲学する猫がいました。さすが京都、猫までもが思索にふけります。思索にふけりながらも、撮られていることを意識した「モデル立ち」には脱帽です。というか専属のモデルだと思います。

落柿舎
落柿舎

落柿舎。作りものっぽいとはいえ、風情はあります。小さいので、建物くるっと回って2分で見終わってしまい困ります。俳人・向井去来が住んだということで、僕も一句詠みます。

「蓑笠と 蝉の香降りつむ 寂庵」

本気です。寂庵は「さびいおり」と読むこと。

渡月橋
渡月橋

嵐山・嵯峨野を回って戻ってきた渡月橋。これはこれでいいんですが、ちょっと人が多すぎます。原宿風の京福嵐山駅前にもげんなりしますね。なんで嵐山まできてGLAYのタペストリーを買わねばならないんでしょうか。

ところで肖像権ってどっから発生するんですかね? 渡月橋の上の人々には案内していません。「営業行く言うて嵐山でさぼっとったんがバレてしもたやないか! どないしてくれんねん!」と訴えられたら僕、負けるんですかね?

円山公園
円山公園

嵐山・嵯峨野でもう少しゆっくり見て回りたかったのですが、友人どもがそうそうに飽きてきたということで、午後は祗園に。ひとり旅のペース配分と違うので、友人と歩くのはなかなか慣れません。

というわけで円山公園にて抹茶ソフトなぞを食う。写真の二人と三人で回っております。

祗園
祗園

祗園らしい町並み。こういうところで食事などすると高いんですかね。

体験舞妓さん(祗園でのポートレート撮影)がいました。タクシーから降りる舞妓さんを遠巻きに取り囲む人々。性格がまがっているせいか、こういうイベントはくだらないと思うたちなのですが、見物人たちは色紙にサインでもねだりそうな勢いでしたね。

1998年7月20日(3日目) 森のエナジー

下鴨神社
下鴨神社

3日目はふたたびひとりに戻り、ぶらぶらと下鴨。タキシードとウエディングドレスで写真撮影をしている集団に会いました。それは間違いだと、誰も言ってあげないのでしょうか。

糺ノ森
糺ノ森

下鴨神社を取り囲む糺ノ森。ここにいると、「聖域だから森を残している」のではなく「森があるからエネルギーが集まる」のだと感じますね。ジョギング途中という風な女性が神木の前で腕立てふせをしていました。あぁこれは森との(あるいは神との)まぐわいだ、と思いましたよ。それはもう、しばらく河原で休まねばならないほど衝撃を受けてしまいました、私。ひとりでいるとそんなことばかり考えてしまうので、注意が必要です。

本能寺
本能寺

信長で有名な本能寺。当時の本能寺は焼失してしまったので、別な地に建てられています。つまりは本能寺の変はここで起こったものではないんですが、裏手に信長を祀る廟(拝み墓ですね)があるので信長ファンが絶えません。僕は信長ファンというより「信長の野望 by光栄」ファンです。

そんなこんなでとりとめもなく寺社をめぐって帰りましたとさ。(了)

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