宿場町経由、京都へ(2ページ)

旅行記

1999年9月25日の続き

木ノ根道
木ノ根道

鞍馬・貴船の参拝、鞍馬奥の院方面へ。奥の院への道には木の根っこがワイルドに伸びてます。これを見るだけで、何か特別なエネルギーが存在してるのではと思わされます。牛若丸(源義経)がここで修行したとの噂。昼なお薄暗く、天狗がいそうな雰囲気ですね、実に。

さて。鞍馬一のパワースポットとなる奥の院。魔王殿という名がついています。岩盤(実はこれもクセモノなんですが)を祭る小さな社です。

鞍馬魔王殿
鞍馬魔王殿

伝説があります。650万年前、金星からこの地へ魔王尊サナート・クマラが降り立ったんですね。地球の統治者としてやってきた魔神です。彼は現在、地底王国の王として、人類の進化を司っているのだと言われてます。神智学ではスピリチャルな存在ですね。金星という言葉のある種生々しさに幻惑されつつ、クマラと鞍馬が似ていることに気づく人がいて、「サナート」が義経に死後与えられた尊称・遮那王(しゃなおう)に似ていると気になる人もいるでしょう。興味を持ち出すと楽しい世界です。

どちらにしても、この伝説のおかげで鞍馬は独特の教義を持って現在に至ってます。宇宙エネルギー、あるいは「光」自体が尊いものであり、地球外生命も視野に入ってきます。すでにそれは仏教でも神道でもないです。面白いと思いませんか?

貴船神社
貴船神社

もちろん僕だって何を知っているわけでもなく、興味本位の断片的なもんですが。こういうところ、何か無理して言いたくなっちゃう自分がすごく嫌。あなたも嫌でしょうが。

気をとりなおして鞍馬を越えると貴船神社にたどり着きました。こちらも、奥社のほうが「すごい」らしいのですが、このときには奥社までは行っていません。後から思うと残念なので、また行きたいところですが。

曼殊院
曼殊院

叡山電鉄で下り、修学院で下車しました。予約が必要な修学院離宮は予約してないのでパスするしかなく、曼殊院へ。門前の茶屋でビールに蕎麦で昼食ってやってたらなかなかいい気分。

枯山水庭園は見事なもの。やっぱり白砂と緑の対比は日本の心ですね。見ていて気持ちいいです。

圓光寺
圓光寺

修学院エリア、ちょっと歩いて圓光寺へ。家康の開基になる勉学の場。日本最古の木製活字がある。と言われると、出版関係者(?)としては興味深く観察したりしないといけないようにも思うのですが、んー、そこまでの活字への関心はあんまりないかも……。

詩仙堂
詩仙堂

さらに歩いて詩仙堂。麗しいじゃないすか、庭。謀反の罪で家康から追放された石川丈山の山荘ですね。時の権力者に追われたものがこういう贅の居を構える感覚、よく分からないんですが。あるいはこれが当時の質素なのか。

鹿おどしの音を聞きながら庭にまどろむ、にしては少々観光客過多。もう少し落ちつければいいところだと思います。やっぱり庭きれいだし。

金福寺
金福寺

詩仙堂から程近い金福寺。後で考えたら庭ばかり撮っていて、写真はこういう絵しかありません。逆に言えば、庭好きにはたまらないエリアです。上に方に見えるのは芭蕉が滞在し蕪村が再興したという庵。嵯峨野の落柿舎と並ぶ俳諧の庵。俳人たちの墓が並んでいます。

もうちょっと時間が余ってたんですが疲れたので出町柳まで行って鴨川を眺めながら読書など。宿は5軒目の電話で空きを見つけたビジネスホテルになりました。

1999年9月26日(4日目) 熱田へ

神泉苑
神泉苑

翌朝。二条城の前にある小さな公園、神泉苑を訪ねました。二条城設立前にはもっと広い、天皇の禁苑だったわけですが、いまや鯉が浮かんでる小さな公園です。

ガイドブックで「願い事を念じながら朱塗りの橋を渡ると叶う」とのことだったんですが、ロープ張られて渡れないようになってます。願いは端から叶わないのですが、どうしたらいいでしょう。

軽く二条城でもぶらついてから帰ろうと思ったわけなんですけど、そうこうするうちに地下鉄から修学旅行生がわらわら湧いてきたのでやめました。そのまま地下鉄東西線に乗って御陵で下車。天智天皇陵へ行こうと歩いてたのですが、道がわからなくなってただ山科駅まで歩いただけになってしまいました。まぁいいや帰ろう帰ろうと切符を買おうとしたら券売機が壊れてて遠距離切符が買えない。「証明書出すから京都まで行って買ってくれ」なぞと言われてとりあえず電車に。

熱田神宮
熱田神宮

名古屋へ立ち寄って熱田、熱田神宮へ。三種の神器のひとつ草薙剣、ここにあるんですよね? 見たい~~。ってなわけで帰路へ。(了)

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