
福沢諭吉旧宅
福沢諭吉旧宅。中津で一番の見所だろうか。諭吉が少年時代、ここで過ごしたのだ。たとえ福沢諭吉という人物になどまったく興味がなくとも、「この土蔵の二階で勉学に励んだ」といった説明板を前にして「なるほど、ふーむ」などと言ってしまうのが旅というものだ。
前には人力車が止まっている。退屈そうに旧宅受付のおじさんと話している。

中津城
さらに(おばさんの背中を見ながら)歩いて中津城へ。彼女は天守閣へと登っていったので、僕は入らずに素通りする。
広場を抜け、少し歩くと自性寺というところへ着く。池大雅の書が日本一多く収蔵されているという大雅堂を併設している。2階に大雅の書が並び、1階は墨蹟。美術館然としたガラスケースに収められているのだが、お香が焚かれているなど寺のものであることをそこはかとなく主張している。
雨が降り出してしまった。夕食は寿司屋の刺身でビールを飲む。駅前のビジネスホテルで宿泊。崎山克彦『何もなくて豊かな島』を読む。南の小島での生活が書かれているのだが、恐らくは雨の日、ホテルに閉じこもって読む本ではない。

富貴寺。雨で閉まってる
霧雨の中、宇佐駅へ出る。5年前に来たときとは駅舎が変わっている。アメリカンな気分になれて妙に嬉しかった「USA Station」の表記がなくなってしまっている。一抹の淋しさを憶えつつバスに乗り国東半島を目指すことにする。奈良時代から一大仏教文化が栄えた地だ。ここのバス路線は観光周遊バス風に途中の見所で20分ばかり停車する。その間に見学して戻ってくれば同じバスで次のポイントまで進めるって寸法だ。
まずは富貴寺へ。写真の大堂は九州最古の木造建築とされる国宝。堂内にやはり国宝の阿弥陀如来像と壁画があるのだが、事前の調査不足か、ここは雨の日は開かないのだね。山門横の土産物屋に聞くと湿気から守るためにそうしているのだそうだ。残念。それでも負け惜しみで言うなら、大堂左手の苔むした石仏群は雨に濡れきれいだった。写真なんて載せてやるものか。

真木大堂
次のポイントは真木大堂。鉄筋の建物は無粋なのだがここの不動明王像は素晴らしい。炎をしょってきりりと立つ姿は惚れるね。左手にある牛にまたがった大威徳明王像が国東のひとつのシンボルになっているようだが、それよりもここは不動明王だ。中央はなんとか如来(失念)と四天王。
写真はその横に立つお堂だけれど、菊の紋がある。神社ではなく寺に菊があるのは珍しいのではないだろうか。
門前に地の物を売る露店があるのはいいとして、石仏を模した公衆電話を置いておくのはちょっと安っぽい感じがする。それでも周辺は静かな山村ムード。

熊野磨崖仏
最終ポイント。ここは見学に1時間ばかりかかるので、帰りは次のバスとなる。鬼が一晩で積み上げたという険しい石段を汗だくになりながら登ると見えてくる熊野磨崖仏。崖に直接彫られた石仏で、写真は不動明王。よく見ると不動にあるまじき笑顔をしている。隣には大日如来もあり、逆にこちらのほうが険しい表情をしている。霧雨のせいで、幽玄な感じに煙っている。なかなか美しい。荒い息を整えながらしばし見惚れる。
麓にある胎蔵寺には、何というのだろうか、巨大な数珠のようなものが置いてあった。珠のひとつひとつがソフトボール大のもので、それを首から掛けて笑う住職の写真が額に飾ってある。「掛けてみるかね」といつのまにか背後に立っていたその住職が言う。「昔はこれを掛けて不動さんとこまで登ったもんだ」「重いんですか?」「だから掛けてみろと言うとんじゃ」「いや、いいです・・・」。気さくな住職というより、どこかインチキ商人のような胡散臭さを感じる。失礼。境内にある金ぴかの七福神や巨大な天狗面なども怪しげなイメージを増強する。「そこのお堂に懸け仏があるから見ていけ。学生じゃろう? 学割でタダにしとくわ」などとも言う。そんなインチキ住職(失礼)のすすめにしたがって懸け仏とやらを見ると、意外に立派なものだったりする。よく分からない。