宇佐別府―晴読雨読(3ページ)

旅行記

2000年9月12日(4日目) 別府2湯

鉄輪温泉・ひょうたん温泉
鉄輪温泉・ひょうたん温泉

雨はかなりひどい。出発前に見てきた週間天気予報ではこのあたりから晴れるはずなのだが。台風14号と秋雨前線の影響から全国的に雨だ。逃れる術はない。

駅の書店で別府の情報誌を購入し、それを見ながら温泉施設へ行くことにする。温泉なら雨でも関係ないしね。バスでまずは別府温泉のなかの鉄輪温泉へ。

共同浴場が立ち並ぶ温泉街は風情がある。地元密着型の共同湯に入ってもよかったのだが、休憩所などが完備されている大きめの施設「ひょうたん温泉」へ。新興スパのようだが大正時代からある古い湯だ。当時はひょうたんの形をした建物だったのだが、「空襲の目標物となる」ということで戦時中に取り壊されたそうだ。

写真の豪快な打たせ湯が名物のようだ。うつぶせて腰に湯を当てたりして、のんびりと過ごす。露天風呂もあるが、少々ぬるめ。利用しなかったが砂湯などもありバラエティ豊か。

休憩所でビールを飲みながら重松清『舞姫通信』を読む。雨はますます激しさを増しているが、酔いのせいでなんだかどうでもよくなってくる。しばらく横になって眠る。

バスで今度は明礬温泉のほうへ向かい、手前にある「別府温泉保養ランド」に入る。これも情報誌に載っていたのだが、ここは非常によい。「写真撮影禁止」の張り紙があちこちに貼ってあって撮れなかったのだが、泥の湯だ。広い露天風呂で、白く濁った湯の底には泥がたまっていて足首まで埋まる。歩くと急激に深くなっていたり、驚くほど熱い場所だったりで地獄の源泉そのままというところだ。泥をすくっては体にすりつけたりする。気分的なものかもしれないが体によさそうで。

内湯はさらに濃度が高く、湯が「重い」。浸かっていると圧迫感さえ感じる。建物も湯治場の風情にあふれ、誰もいなくなったところを見計らってこっそり撮ろうかと思ったのだが叶わなかった。

休憩所でやっぱりビールを飲み、ぼんやりする。テレビでは東海道新幹線が止まったなどの大雨ニュースをやっている。

駅へ戻り、宮崎まで出ることにした。せっかく宮崎までの切符を買ったんだし。時刻表を見ると、宮崎って意外に遠いんだね、結構な時間がかかる。それで特急に乗ることにして、雨のために列車は順調に遅れたものの、夜に宮崎着。

2000年9月13日(5日目) 大雨に行動は著しく制限されている

延岡で行過ぎる電車を眺めて
延岡で行過ぎる電車を眺めて

気づけば延岡で川縁に座っていた。遠くの鉄橋を積み木のような色合いの列車が走って行く。「なぜ雨が降らないんだ?」と思う。

宮崎の朝は、空襲のような大雨と晴れ間が10分おきに交代するどうしようもない天候だった。駅前のゲームセンターでしばらく脱衣麻雀などやっていたのだが、回復する見込みはなさそうだ。駅のコーヒースタンドで藤沢周『さだめ』など読んでいたのだが、回復する見込みはなさそうだ。屋内で遊べる場所など書店で立読みし探したのだがあまり面白そうなものは周辺になく、そうこうするうちに昼になってしまったので、とりあえず列車に乗ってみることにした。

そして延岡。雨は上がっている。川辺で座って悪意の空を見上げる。午後になってやってきた延岡で晴れたってすることはないだろう。と思っていると、結局はまた雨に。土砂降りになったので電話ボックスへ避難して、ついでにタウンページで今日の宿を決め(歩いてきた道沿いにあったホテルへ電話)、早めに宿に入ることにした。ベッドに寝転がって近所の本屋で買った井沢元彦・小林よしのり『朝日新聞の正義』を読む。

結局今日は何もやっていないのだが、延岡で宿をとったことには理由がある。高千穂へ行ってみたかったのだ。学生時代に九州一周した時には行けなかったので、ぜひとも天孫降臨の地を見たかったのだ。明日、晴れるならばという希望のもとに。

2000年9月14日(6日目) 臼杵の町並み

臼杵の坂道
臼杵の坂道

どうやら、意地でも晴れる気はないらしい。雨のなかを傘さして歩き回る元気も無いので、高千穂は諦め北上することにした。朝のニュースを見た限りでは宮崎県内よりも大分県内の方がまだ天候は良さそうだったので。

駅に着くと、列車のダイヤは乱れている。なかなか到着しない列車を待ちながら、帚木蓬生『閉鎖病棟』を読む。哀しい気分倍増だ。

大分に入って臼杵で下車。ここは宇佐と同じように磨崖仏で知られるのだが、とりあえず晴れていたので歩いて、ニ王座歴史の道と呼ばれるエリアへ。かつての城下町で、お寺が並ぶ石畳の通りは雨上りの輝きもあり絵になる。九州最古の真宗寺などもあるが、この道だけで充分だ。ときおりパラつく雨に山門の軒で雨宿りしながら歩くってのもオツなもの。

旧真光寺で休憩
旧真光寺で休憩

お寺を利用した無料休憩所「旧真光寺」。観光案内所的な受付に人はいるが、観光客は誰もいなく、二階へ上がって畳に寝転がると非常に安らかな気分になれた。この町、気に入ったね。

ぐるりと一周して、アーケード街に座っていた犬をなでたりして過ごす。アーケード街は上から巨大なピカチュウやドラえもんの張りぼて人形が下がっているようなハイカラぶりで、ところどころ破れた穴から雨が落ち、あまりアーケードの意味をなしていない。

夜は小倉まで出る。中華料理屋でビールに餃子とチャーハンという夕食。テレビでサッカーを中継していて、客も厨房の親父もその妻も、僕を除く全員が中継に見入っている。ゴール!ゴール!ゴール!ゴール!とアナウンサーが続けざまに12回ほど絶叫し、客も厨房の親父もその妻も、僕を除く全員が拍手をした。「幸先のいいスタート」だとアナウンサーの声が聞こえる。オリンピックなのか?オリンピックは明日からじゃなかったのか?と思いながら、いたたまれなくなったので小林恭二『電話男』を読みとめ店を出た。

宿は「ニューオープン」とるるぶに載っていたビジネスホテルへ。コインランドリーがあったので洗濯したりする。

2000年9月15日(7日目) 何もない。

小倉駅前でしばらくぼんやりしたあと、駅ビルの書店で帰りの車中読むべき本を購入し、まずは橋本治『宗教なんか怖くない!』を読みながら新幹線に乗る。なんだかもう疲れてしまった。雨疲れだ。大雨だった名古屋で降りると、何も変わらず若者達が歩いていた。

2000年9月16日(8日目) 何もない2。

翌日もやっぱり何もなく、名古屋をたち、宮本輝『道頓堀川』を読みながら、帰路に着く。尻すぼみにて完。(了)

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