トップ > 旅行記 > 昼寝日和の最上川紀行

社員旅行帰りに山形。左沢線に乗るのが目的。それを目的と言って良い印象は与えないだろうことは承知のうえで。
「もしもし。・・・もしもし?」
受話器からは雑音が聞こえるのみだ。ひとつ舌打ちをして再びベッドにもぐり込む。と、ほどなく電話は鳴り出す。なんなんだ? 取り上げると、やはりノイズだ。もうひとつ舌打ちを加えて受話器を落とそうとしたとき、遠くから女性の声が途切れ途切れに聞こえてくる。芝田、さん、です、かっ?
ああ、彼女が誰なのか、一時に理解してしまって、慌てて時計を手繰れば朝の9時30分。「宿へ直行します」と寝惚けたまま答え、もう一度時計を見つめる。それは会社の業務部の女性で、ノイズ交じりなのは彼女が新幹線内にいるからなのだ。そこにはうちの会社の社員一同が乗っている。僕を除いて。
東京駅集合は9時10分、9時20分発の東北新幹線。仙台からバスに乗り換え、蔵王を巡り、上山温泉へ向かう、社員旅行なのである。早い話が寝坊して列車に乗れなかったわけだな。
どう考えても追いつけるスケジュールではないので、宿へ直行というのは寝起きのわりには適切な対応であるのだが、逆に余裕さえできてしまう。皆が宿に到着する予定の16時30分にこちらも着くようにすると、東京は13時に出ればいいことが判明。かといってもう一回眠るのもナンだから、「寝坊したよー」というメールを知人に打ったりして過ごす。未読棚から三冊ほど引き出した本をバッグに詰めて、部屋を出る。

上山城
山形行きの新幹線はすいていた。缶ビールを飲みつつ町田康の『実録・外道の条件』を読む。まるで確信犯のような平安な心持ちである。
かみのやま温泉着は3時半。まだ宿に入るには早い。玄関脇に正座してスリッパのひとつも温めながら、神妙な顔を作り、皆の到着を待つのも手だが、それにしても早過ぎるので、雨の中、駅のコンビニで買った傘をさしながら上山城へ向かう。ここは以前に来たことがあり、時間つぶしだ。展示物をゆっくり眺めて回る。
そろそろ良かろうと駅からタクシーで旅館へ。日本の宿古窯。上山温泉では最高ランクの旅館ではある。行ってみると、社員はもうすでに部屋に入っているという。社員旅行日程での到着時刻より早い。またしても失策だ。ナニサマだ、僕は。と低身低頭を用意しつつ部屋へ。
聞くと、蔵王は雨に煙って何も見えず、予定を大幅に切り上げて宿入りしていたのだそうだ。なおさら僕は責められるべき立場となるわけだが、内心はともかく、あきれて笑う程度で許してもらえているようだった。
ゆっくり温泉に浸かって、宴会へ。餅つきがあったりダンスがあったりとコンセプトもなにもなく、クラブでの管理職者たちに囲まれての二次会も滞りなく済み、眠る。

最上川
他の会社の社員旅行には出たことがないので、このシステムが一般的なのかどうかは分からないのだが、うちは宴会終了で社員旅行は終わる。金曜に宴会、土曜の朝には現地解散となる。個々に三々五々別れ、土日に勝手に旅行するなり直帰するなり自由なのだ。つまり今回の旅は、ここから始まるのだ。
同室の年寄りたちが早起きなもので、つられて7時前に起きる。朝風呂でアルコールを抜いて、バイキングの朝食を食べ、宿を出た。とりあえず山形駅まで行く。仙山線に乗り換えて山寺にでも行こうかと思ったのだが、その列車には社員が他にも何人か乗っていたので、彼等と一緒になりたくもなかったので向かいのホームに止まっていた左沢線に乗る。そんなことだから友達のひとつもできないのであるが。
終点の左沢で降りる。駅前は小さなスーパーが一軒あるだけの田舎町。2.3分歩くと最上川に出た。上流にあたり、川幅もそれほどない。例によって川岸まで降りてみる。昨日の雨で土は濡れていて、寝転がるには不適切。乾いたコンクリートがあったのでようやくそこに座りこみ、しばらく景色を眺めてぼんやりする。釣り人が糸をたれ、小舟が浮かぶ。頬を撫でる秋風が心地よい。列車で読みついであと数10ページを残している町田康『実録・外道の条件』を取り出して読む。最後の短編がニューヨークの物語なのだが、クールでホットなスペースを探してニューヨークを徘徊することの下らなさが、ここではよく分かる。緑があって水が流れ、空は青い。他には何もいらないだろう?

舟唄温泉・左巻温泉
本を読み終わり、地図を頼りに国道を歩く。遠く広がる畑のなか、まっすぐに道は伸びている。実を揺らす柿の木が植わっていたり、山形名物「芋煮」用の薪を売っていたり。風も心地よく、歩くには申し分のない気候だ。
道の駅を折れ、柏陵荘という温泉施設があったので入ってみる。古びた老人保養センターといった態の浴場には二種類の温泉が湧いている。まずは単純冷鉱泉の左巻温泉。透明な湯で、沸かしすぎなのか少し熱め。そして奥には灰白色に濁った舟唄温泉がある。こちらは含硫黄・ナトリウム-カルシウム-塩化物温泉で、やや温めか。健康に良さそうなぬめり感がある。窓の外には最上川。目の前には老人の緩んだ腹。いいではないか。

ヤナ
温泉の目の前にあったそば屋へ入り、ビールと天ざるの昼食にする。やはり風呂あがりにはビールに限る。早速次の本、渡辺浩弐『2000年のゲーム・キッズ』を読みながら。
店の横、最上川にヤナがある。とれたての鮎を焼いている屋台がある。最上川で育った天然物?の鮎にはそそられるものがあるが、とりあえずそばを食ったばかりなので辞退して、ヤナで作業する親父を見つめて過ごす。

健康温泉館
柏陵荘の隣にはもう1棟の温泉施設「健康温泉館」がある。こちらは最近できたばかりの施設らしく、観光客で賑わっているようだ。さきほど柏陵荘のおばちゃんに聞いたところ、こちらは舟唄温泉だけで左巻温泉は引かれていず、それだのに料金が柏陵荘より100円高い300円なのだそうだ。観光客は健康温泉館、地元の人は柏陵荘という棲みわけかと思われるが、ここはやはり柏陵荘が正解。
温泉に浸かって、ビールも飲んだし、道の駅のベンチで小1時間昼寝をする。それから途中見かけた公園や寺に入ってみたりしながら駅へ戻る。
駅には小学生が溢れていた。遠足らしい。2両編成の列車は恐らく彼等だけでこぼれそうだろうから、次の1時間後の列車に乗ることにして、スーパー前で猫と遊んで過ごした。