函館の幻(2ページ)

旅行記

2001年5月27日(2日目) 煉瓦製の町並み

晴れていた。ホテルを出て函館中心部を北へ歩く。朝市は人だかりだった。呼び込みの声があちこちから掛かり、ウニ食べてってお兄さん、と腕に触れてくる。焼きウニをつつきながら飲み、朝から赤ら顔になっている親父たち。確かにウニもカニも美味そうだったが、「呼び込まれる」のが嫌いな性分なので残念ながら何も食べられなかった。

通りはそのままいわゆるベイエリアに繋がる。異国情緒あふれる赤煉瓦の倉庫が並び、修学旅行生がアイスを食っていたりした。観光臭で満ちてはいたが、犬の散歩をさせる親父や、船の上で休むねじり鉢巻の男なども自然に溶け込み、独特のムードを作っていた。

土産屋の前で、不意に、僕もここを高校時代に歩いたことに気づいた。修学旅行で札幌小樽を回り、函館はバスで駅に直行して列車に乗り換えただけの町だと思い込んでいたのだが、確かにこの煉瓦造りの店の前を通ったことがある。女たちがガラス製品などを求めているのを斜に眺めることで心の鋭角を保とうとしていたあの頃を思い出しながら、長くため息づいた。随分遠くまできたと思っていたが、あの頃と何も変わってはいないのだ。この街も、僕も。

函館湾
函館湾

そのまま海沿いに北上すると、観光客はあっという間に見えなくなり、生活港としての函館が見えてきた。くすんだ色の倉庫の前に水揚げされたばかりのタウンページが積みあがったりしていた。釣り糸をたらしたまま車のシートで眠る男、船の修繕をする男、振り返ると函館山が蒼くそびえていた。

重工業地帯のようなドックに向かって歩く。狭い路地に誰にも見られることのない煉瓦倉庫が並び、人気はなく、掘り尽くしてそのまま捨て去られた炭鉱の町のようにも見えた。ドックの巨大なゲートが海の上に突き出しているのが見える。立体駐車場風の裸の建物が並ぶ。錆びた鉄柵越しにそれらを眺め、また、錆びた鉄柵を眺めた。

西へ折れ、坂を登り、高龍寺へ。市内で最も古い寺で、山門の彫刻は見事なものだ。伝来の過程で日本では北へゆくほど寺社の「張り」は失われてゆくのだが、この土地にあってはなかなかのものだと思う。

運動会をやっている小学校のグラウンドそばには称名寺。境内に寝ていた猫に声を掛けてじゃれあった。運動会の歓声がずっと聞こえていた。さらに坂を歩き旧ロシア領事館へと。ただの廃屋にしか見えずがっかりもしたけれど、函館名物の「坂」の上から見下ろすと、坂はそのまま海へと突入しているようで、風を受けて滑り降りるスピードの感覚が頬のあたりを通り過ぎ、それは快い幻だった。

電停の走る通りへ戻り、コンビニに入って時計を見ると11時半近く。そろそろホテルへ戻らねばならない。ペリー会見所跡の説明ボードなどを見ながらその先の電停で市電に乗ろうと歩いていると、車が止まり、乗っていいよと言う。会社の同僚が運転するレンタカーだ。あえて今回はそれを伏せて書いてきたのだが、これは社員旅行なのだ。

12時からホテルの会場に社員が揃い、小さなパーティーがある。2時間ばかりのそのパーティーさえ我慢すれば、それ以外は自由行動、飛行機代ホテル代が会社もちの気ままな一人旅ができるというわけだ。

パーティーで料理を食い、酒を飲み、新入社員が司会進行するゲームをやり、三本締めまで終わるとするりと外へ出た。駅前のデパートで古本市をやっているという情報を得たので立ち寄り、特に買うものもなく市電に乗る。

ロープウェイで函館山へ登ろうかとも思ったのだが、低い雲に包まれた山頂からは何の眺望もきかなそうだったので、麓の教会などを見て歩く。ハイカラでモダンでロマンティックな函館観光のメインエリア元町。団体旅行者が大勢いて、彼らの隙間を縫って歩く。

なんだかあっという間に見終わってしまい、元町公園のベンチに座って地図を見ながら、これからどこへ行こうか考える。

湯の川温泉という温泉地へ行って、一風呂浴びて行こうと思う。空港へは7時集合だから、その周辺で夕食を取って向かえばちょうどいい時刻にもなるだろうと。

市電に乗り、温泉へ。いくつか共同浴場はあるのだが、電停から一番近い永寿湯という温泉銭湯へと向かい、外観を撮ってから入ろうとバッグをあさると、デジカメを紛失していることが判明。めまいがする。元町公園を撮ったのが最後だから、1時間ばかり前まではあったのだ。どうしていいのか分からずにとりあえず銭湯に入ることにする。ふらついて玄関に肩をぶつけたりしながら。

湯船は3つに仕切られていて、低温・中温・高温となっている。中温のプレートの下には「45度以下にしないでください」との注意書きがあり、それぞれ44度、46度、48度くらいと思われた。客は全員低温のところに窮屈そうに入っていて、それでも熱さで肌を緊張させている。単に湯船を3分の1に縮小して営業しているようなもので、ちょっとどうかと思うのだが、どうやら「源泉そのまま、いっさい水を混ぜたりしていない」というのがウリらしく、しようがなく僕も低温に難儀して浸かる。

ロビーでビールを1缶飲みながら、バッグの中身を全部空けて再度「ない」ことを確認する。パーティーで土産に配られたホテルメイドカレーなんかはしっかり入っていたりして、どうしてこんないらないものばかりが入っているのかとバッグごと投げ捨てたい衝動に駆られる。

川に沿って下るとすぐに浜辺に出た。ギターを弾いて歌っている男がいて、波のように寄せては返すカップルがいて、風はひょうひょうと行きすぎ、波は少しばかり高く、僕は波打ち際をぼんやりと歩いた。海水浴シーズンには随分早い砂浜は流木や海藻で汚れていて、気分を重くさせた。

しばらく歩くと湯気あがる流れが砂浜を横断しているところにぶつかった。無理矢理笑って「温泉なんですかね?」と近くにいた女性に聞くと、「排水でしょ」との答え。それはそうだ。収めどころのない中途半端な笑いを浮かべたまま川を飛び越える。

浜を離れ、国道に戻り、寿司屋に入る。二晩続けて寿司というのも間違っているが、そんなことはどうでもいいのだ。世を儚んで高いネタをビールで流し込み、板前と記憶に残らないような会話をし、会計は5000円を超えた。

地図をみると空港までそれほど距離はないようだったが、板前の話によると歩けば30分はかかるとのことだったのでバスに乗る。

飛行機からは函館の夜景。カメラに収めた函館と、網膜に焼き付けた函館、あるいは想像の中の函館。僕にとってどれが幻で、どれが現実なのだろうか。そして、幻と現実、どちらが「上位」に来るべきものなのか? それが課題だ。

追伸。函館でデジカメ拾った方、ご連絡ください。(了)

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