陸中海岸北上記(2)

3月23日(3日目)

宮古港

宮古港の朝

ホテルのフロントに置いてあった観光マップを片手に外へ出る。きれいに晴れた朝だ。ホテルのすぐ前のバス停を見ると、ちょうどバスが出たばかりの時刻のようだ。前日夜のうちに時刻を調べておくなどという方法を思いつかない自分を褒め称えながら、1時間後の次便を待つのも面倒なのでやはり歩くことにする。旅に出ると歩きすぎるきらいがあるのだが、歩いてなんぼの人生だ。

港沿いに行くとコンクリートの床が魚色に濡れている市場があり、小魚を選り分ける姿がある。土曜の宮古港。陸中海岸はどこまで行っても漁港だらけだ。

セリはとっくに終わってしまい、ルーチンワークとして残務処理している人々。穏やかな波に照り返す光を、ぼくは喜ばしいものとして眩しく眺めるのだが、彼らにとってはただの職場なのだろうと思う。

平和で平凡な、三陸の小さな町になぜ宮古(=都?)という地名があるのだろうなどと考えながら、案内板に従って浄土ヶ浜を目指す。

浄土浜

景勝地、浄土浜

浄土ヶ浜は陸中海岸の代表的景勝地のひとつで、澄んだ海面から鋭く立ち上がる岩々と、大きめの砂利からなる浜が奇景を造り出す。夏は海水浴場となるところだが、やはり初春では人影もまばらだ。

周辺は遊歩道が整備されていて、木々のなか高台に出ると全景が見下ろせたり、岩に穿った洞窟を抜けたり、変化に富んだ景色が眺められる。

ここでは遊覧船が名物で、船上から餌を投げ与えると空中でキャッチするウミネコとの交感が観光客を楽しませる。もちろんぼくは遊覧船には乗らず、バスツアーの一団が乗り込んでいった出航の様子をぼんやりと眺めていたのだが、船とともに移動する黒雲のごとく、あるいは蝿のようにたかるウミネコの群は、悪い夢のようだった。

かろうじて営業していた土産物屋の店先で烏賊を焼いてもらい、本を読みながらビールを飲む。ウミネコの不吉な影か、雲行きが怪しくなってきた。

バスに乗って駅へ戻るとちょうどやってきた列車に乗った。三陸鉄道。海に沿って走る車窓風景にはいくらか期待してきたのだが、8割がトンネルのなかを進むため景色は晴れない。トンネルを出てカメラを構えようとするともう次のトンネルに入っているという車窓には、徐々に雨があたりだした。

八戸

八戸は新幹線工事中

三陸鉄道の終点、久慈で駅前を歩いてすぐにすることもなくなったので、そのまま八戸まで出た。陸中海岸を北上するという、今回の旅の目的は5連休中3日目にして終わってしまった。雨に降られるなどして途中下車がほとんどできなかったため、進みすぎてしまったのだ。

郷土料理せんべい汁定食を食べながら、このまま青森へ北を選ぶか、盛岡方向か迷う。ふと、『スキップ』のなかで宮沢賢治の名が出てきたことを考え、花巻という手があると思い至る。新幹線が延びるともっと発展するだろう八戸を後にし、今晩は盛岡まで出て宿を取ることにした。

盛岡のホテルで落ち着いてから、深夜の街を徘徊し、冷麺屋で夜食。土曜の夜だからそれなりに賑わっていて、陸中海岸を登ってきた目で見ると盛岡は大都会に見える。長く若者に会っていなかったような気もして、あるいは人恋しさもあり、行き交う人たちを眺めた。

3月24日(4日目)

童話村

宮沢賢治童話村でその世界を体感

盛岡は朝にすぐ発って花巻へ入る。駅前の観光案内所に地図をもらいに入ると、記念館行きのバスがもうすぐ出るので乗れ、といわれる。反抗的な気分でそのバスを逃し、地図を見ながら行き先を検討してみると、やはり見るべきものは宮沢賢治記念館とその周辺のようだった。

列車で新花巻まで出て歩き、宮沢賢治童話村へやって来た。賢治のもつ世界観・宇宙観を再現した「賢治の学校」という建物を中心に広がる公園で、さらに広げるための工事を片隅で行っている。

宮沢賢治の著書は読んだことがない。だからここで初めて彼のメンタリティーにふれることになる。ところどころ朴訥で、時にメルヘンで、唐突に深遠なる世界。来訪者のほとんどは彼の本を読んでないのではないかと思われるが、みな楽しそうだ。

賢治の学校はいろいろな趣向が凝らされていて、ファミリーできてもカップルでも、特にニヒリスティックになることなく楽しめるのではないかと思われる。無精ひげをぶら下げた30手前の男が一人で歩いて気恥ずかしさを感じないといえば嘘になるのだが、それでも見入ってしまうものはあった。

宮沢賢治記念館

宮沢賢治記念館にはいろいろな展示品が

童話村のすぐ横に宮沢賢治記念館がある。遺品や遺稿を展示する。中央のミニプラネタリウムががなかなかに洒落ている。展示もしっかりしていて「宮沢賢治を読んだことがない」という言い訳をしてはいけないのではないかと思う。やはり読まねばならない。

「注文の多い料理店」たる山猫亭を再現したレストランを併設していて、おそらくそれっぽいメニューを供しているのだろう、ひどく混んでいる。腹が減ったのでそろそろ昼時かと思われるが、ここには入れず、近くのそば屋で飯にする。

花巻駅へバスで戻り、門だけがさりげなく再現してある花巻城跡へ。ただの草地である本丸跡に佇んでいると粉雪が降りてくる。向かいにあるイトーヨーカドーで書店で新潮文庫『新編 銀河鉄道の夜』を買った。この町で読みきってやろうと思う。彼に敬意を表しながら。

雪が止むのを待ってからイギリス海岸を目指して歩き始めた。