紀伊水道を跳び越えて(4ページ)

旅行記

2002年5月3日の続き

青年大師像
青年大師像

室戸岬の続き。遊歩道から抜けると、真白き大師像。近寄りはしなかったけど木々の間からすっくと立つ。さすが遍路の国」

「その向かい側に『海底深層水使用の露天風呂』って看板を掲げたホテルがあり、風呂だけでもオーケーとのことなので入ってみた。飲料や化粧水などいろんな分野で活用を進めてるらしい深層水。ここ室戸でそういう汲み上げ?の施設があるみたいだね」

「あたりまえだけど塩分が豊富で、お湯は塩辛い。美容健康にいいとかポスターが貼ってある」

「温泉の定義って、まず地下から湧いたものであることが必要条件なんだよね。で、一定温度以上のお湯が湧いたら、それすべて温泉なんだよ。温度が低いものを冷泉っていうけども、冷泉の場合は温泉成分を含有してるかどうかが問われるんだけど、熱い湯が湧いたら成分のまったくない白湯?でも温泉と指定されるわけよ。ま、そんな豆知識はいいとして、それと照らすとこの海水使用のものは地中から湧出したものでないので温泉ではないね」

「いやいや、温泉ってなんだろう?と思ってね。効能は認められても温泉じゃない風呂と、まったく効能のない温泉と。そんなこと考えながら、太平洋を眺めながら入浴」

海部駅
海部駅

「バスで甲浦駅へ出て、あちゃ、やっぱり雨降ってきちゃったよ、って阿佐海岸鉄道で県境をまたいで再び徳島入り。海部駅で列車待ちの時間にちょっと早めの夕食しようと。雨を避けながら近くの寿司屋に走りこんだら満席で、そこにもう一軒寿司屋がありますよと商売敵を教えちゃう親切なおかみの指示通りに走ると定休日。じゃあって、なぜか自転車が店内に積み上げられてて雑貨も売ってて町民の集会所も兼ねてるみたいな食堂でカツ丼なんかもさもさ食ってると、さっき同じ列車に乗ってた人が後からやってきて、ああ彼も食うとこほかになかったんだねとこっそり連帯感を感じたり感じなかったり」

「写真はその海部駅。なんか今回は全面的に雨に敗北」

「徳島駅まで出て宿取りに難儀した。ゴールデンウィーク後半戦白熱ですか。とか言いながらるるぶに載ってるホテルリストにかたっぱしから電話掛けて11軒目でようやく取れた。小汚いとこだったけどね。なぜかそこは衛星アダルトチャンネルが無料になってて、なんだここ?とか思いながら」

「焼き鳥屋で軽く飲んで、夜半の川べりをちょっと歩いて、無料だったからね、アダルトチャンネルがあんあん言うのを聞きながら本読んで寝た」

2002年5月4日(7日目) 再度徳島サイド

新町川沿いに座って
新町川沿いに座って

「ちゃんと観光名所をめぐってる高知はともかく、徳島では何もしてないなぁって思って、よし徳島ラーメンだ。って食べに行ったんだ。徳島ラーメンとしては全国区の知名度の『いのたに』へ。11時前に行ったのに結構混んでた。肉そば(大)に玉子入れて、白飯付けて、正統派で。こってりとおいしゅうございました。これで『徳島行ってきた』って言ってもいいよね」

「あとはこの新町川の川べりで、ベンチに座って本読んでた。休み明けに『日焼けしてるね』って言われたんだけど、焼けたとすればここで過ごした時間でかな。徳島で焼いてきたとはちょっと口にしにくいんだけども、まぁ、小1時間は本読んで座ってて」

「雨が降ったら降ったで、出歩けねぇなって喫茶店で本を読み、晴れたらまた『いい天気だなー』って外で本を読む。じゃあどこでもいいんじゃん。河岸を変えてるだけって感じで。で、この日も結局何にもしてないんだけど、それがおいらの旅のスタイルだ、文句あるかいお嬢さん」

もうちょっと新町川
もうちょっと新町川

「そんなこんなでまだ川べり。あとは駅前の古書店に入ったくらいかな。古書店、駅前の一等地にあれだけ本格古書店があるのはすごいとは思う。古地図とか惹かれて手に取りかけたんだけどやめておいた。確か4年前に来たときにも入ったような気がする」

「そうそう、財布が淋しくなってきたんで銀行のキャッシュコーナーに寄ったんだけどさ、お取り扱いできませんって言われて。嘘って。翌日降ろせてほっとしたんだけど連休はすべてストップしてるのかと思ってさ。残り2万で残り連休ぶらついて東京まで帰れるもんだろうかと悩んだ。クレジットカードは持ち歩いてないし」

「その時点で讃岐うどん食いに高松へ抜ける旅程も考えてたんだけど、やっぱりまた船で和歌山へ出ることにしたんだ。こっちのほうが割安な気がしたので。根拠はないんだけど。場合によっては旅程を切り上げて帰るはめになりそうだし、とりあえず節制で」

また南海フェリーで本土へ
また南海フェリーで本土へ

「この日の船には行楽客が大勢。往路では親戚のうちに訪ねにいくようなおばちゃんらが主体だったのに、ここでは家族連れ多し。徳島から例えば関西へ行こうと思ったら、車の人は淡路島を縦断するのかもしれないけど、このフェリーも結構使い勝手がいいのかもしれんね」

「往路はずっと船内にいたので、甲板にも出てみる。あまり天気はよくないので寒々しいが、紀伊水道に白浪立てて走る、船。神戸淡路鳴門自動車道ができて、海上交通は大打撃を受けたはずだけど、早いし安いし、2000円で行けちゃうんだよ? いいんじゃない?」

和歌山では晩酌は断念して寝るのみ。昨晩あんなにホテル探しに苦労したのに、この日は1軒目でオーケー。たまたまなのか、単に和歌山は人気がないだけなのか」

2002年5月5日(8日目) なぜ天王寺

四天王寺五重塔
四天王寺五重塔

「四天王寺さんですわ。なにゆえにか。京都はよく行くんだけど、大阪ってなかなかなじめないんだよね。和歌山から大阪経由で京都まで出ようと今日の針路を定め、天王寺に昼食取りに降りただけなんだけどさ。ついでに四天王寺に寄ってみた」

「由緒正しさがそこはかとなくあっていいんじゃないですかね。五重塔にしても金堂にしても、この壁画もうちょっとなんとかならんのかと思うような部分もないではないんだけど、悪く言うつもりは全然ないです」

「大阪に立ち寄ったのは、あれはいつだ、列車で読む本を切らしてしまってJR大阪駅近くの書店飛び込んだのと、天川へのベースとしてやっぱり天王寺で宿泊したのと、今回で3回目か。つまり大阪中心部とかは全然行ってないな。一度大阪襲撃計画立ててみるか」

「その後京都へ出るんだけど、アバンティの書店で長居しすぎて特にどこも見て回らず。ここの書店やっぱり雰囲気好きだな。列車で読む用に3冊買ったんだけど、1冊手付かずで持ち帰ってしまった」

「この日は名古屋で宿泊。焼き鳥屋に入ろうとしたら、連休最終日なんでもう鳥残ってないんすよ、って言われてさびしく寝る」

2002年5月6日(9日目) 帰宅日

「翌日6日は名古屋から東京まで帰っただけ。新幹線、座れそうになかったからこだまに乗ってのんびりと帰りました。そんな感じでどう?」(了)

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