トップ > 旅行記 > 瀬戸内の巨石を訪ねて

厳島神社の大鳥居
最終日には宮島を訪れた。宮島口から船に乗り宮島へ渡った。海中に立つ大鳥居は有名な風景であるが、神域への境界たる鳥居が海から這入るようにできているのは不思議なものだ。この「門」をくぐってやってくるのは果たして誰なのであろうか。厳島神社へ向けて開かれているようであるが、その実、背後の山を含めた宮島全体への入り口として機能しているのであろうと考える。
観光客慣れした鹿が餌を求めて近寄ってくるのを適当にあしらいながら、あるいは鹿せんべいをもった男がまるで魔術師のように鹿を操るのを眺めながら(猫はおらんのか)私は厳島神社の社へ向かった。

厳島神社
厳島神社は背後の山から滑り降りてくるエネルギーと海風が運ぶ気とが混ざり合う緩衝地帯となるべき社である。それゆえ、エネルギーに不均衡が生じた際には台風で社殿を倒壊させられ、高潮に押し流される身代なのである。
しかし何と風雅な社であることか。朱とはこのような色であったかと目が覚める想いで歩くこの廻廊は、どこか遠い世界に我々を誘う道であるかのようだ。しばし立ち止まって、時代が揺らす鈴の音を聞いていたいと思わせる。

弥山登山道の巨石
厳島神社を抜けたあとは何処へ。私は「背後の山」とすでに二度言った。ではその背後の山に登ろうではないか。紅葉谷公園からロープウェイを乗り継いで背後の山たる弥山へ上った。「野生のサルがいるよ(ウキッ)、持ち物に気を付けて!」などというような看板があっても猿の王国ではない。ここがまさに巨石の宝庫、巨石王国なのである。
ロープウェイ終点から本堂へ向かい(ここは寺域なのである)、さらに展望台のほうへと登ってゆくと写真のような構造物がある。3メートルあまりの高さに岩を積み上げ、庇のように厚い岩、しっかり角を取られた巨石を乗せた洞窟様の物である。そのすぐ先には巨石が折り重なってトンネルとなったところを登山道が割っている。どちらも人の手によって築かれた構造物であるとしか私には見えないのであるが、いつ誰がこのようなものを造ったのか伝わっていないため、あろうことか「自然物」であると主張する向きもあるのだから呆れるほかない。

弥山頂上
展望施設のある頂上はやや開けた広場となっている。海原に散る島影や眺望を楽しんだ後は今いるこの場所に目を向けてみてほしい。ここは巨石に囲まれた舞台だ。何か古代の儀式が行われたような舞台をぐるりと列石が取り巻いていることに気づくであろう。
超古代、弥山には宇宙文明との交流都市があったのである!ばばーん!という説は私のものではない。それは所謂トンデモである。しかしそうでなくとも「何かあったはずだ、いや何も言い伝わっていないこと自体がおかしい」と思わせるものがここにはある。それが宇宙文明との交流であったとしてあながち不思議ではないであろう。

こちらも弥山登山道の巨石
さて、猿にも鹿にも襲われず済んだところで下山の道を行こう。もはや一つ一つ取り上げるのが億劫なほどの巨石の連続である。途中、弥山七不思議のひとつとされる干満岩がある。潮の満ち引きに合わせ、標高500メートルの地点にあるこの岩の窪みに溜まった水が上下するという。そんなものを不思議と言いながら、このサイズの岩が整然と積み上げられた様相を自然の造形美だと言いのける感覚が私には分からない。
ついでに言えば同じく弥山七不思議のひとつに霊火堂の「きえずの火」というものがある。弘法大師が修行のために焚いた火が今日まで1000年以上も消えずに燃え続けているのだという。しかしそれは「不思議」ではなく「努力」と呼ぶべき種類のものではないのか。少なくともその努力に対しては拍手を惜しまない私であるが、それらを七不思議と名付けることで、もっと不思議に思うべき事柄から目を背けようとする作為に似たものさえ感じてしまう。

宮島の猫
折から風が強くなっており、停止寸前のロープウェイに乗って下山する。昼食を取るべき食事処を探している途中、店先に猫を発見した。少しくやさぐれた猫たちであるが自然に頬が緩む。宮島にも猫はいるのだ。
あなごめしなどを食した後に東京へ帰路を取るのでこの旅のスケッチはここで終わることになるのだが、いかがであったろうか。うさんくさいと思われたであろうか。私ももちろんそう思う。(了)