辻仁成『カイのおもちゃ箱』レビュー
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レビュー
長めの感想
かなり初期の作品です。いきなりナンですけど、物語はいろんなところで破綻しています。不条理的小説で、メタフィクションとも長い詩とも読めるんですが、ごつごつとしていてまとまりはない。そこが魅力です。
しゃべらない、笑わない、自閉症の子供カイが主人公です。両親は医者に連れて行くため街へ出るが、雑踏のなかで我が子を見失ってしまう。父は子を捜して裏通りの闇へと潜りこみ取り込まれ、母は子の「障害」と暮らす日々に疲れてひとりごち、カイは子供達の救世主として街を闊歩する、この三人のそれぞれの一昼夜を追うストーリーになっています。
ここではカイは選ばれた人間として存在しています。神の死後、世界を再建するために遣わされた異能の子供として存在している。子供達のリーダーとして宇宙という全体が支配する世界を闊歩する、闊歩する、闊歩する。目に映る汚れた世界を汚れたものとして確かに認識しながら否定も肯定もせずにただ闊歩する。それだけでなりたっている小説です。
子供も大人も、みな闘いながら、それがすべて不毛なものであることを知っている、つまりはロックンロールの構造ですか。全編に溢れるポエジー(恥ずかしい言い方です)が叙情的風景を作り出していて、どこを切り取っても詩的です。
そして、カイが言葉を発しようとするとき、世界はぐるりと反転します。そのあたりがみどころですね。
最近は純文学風の作品も多くなりまして、ここまでの破れ鍋的パワーに出会うことはなかなかないんですが、この強力な磁場こそが辻仁成なのだと勝手ながら思っていたりします。その変化を作家としての成長と呼ぶのかもしれないんですが、初期の作品のほうが(僕にとって、という個人的感覚で)刺激的だったのは事実。とても同じ人物が書いたとは思えないほど違った作風になってきてますね。
彼の著作群を眺め回してみるとこれだけが浮いていることに気づきます。だから辻仁成らしくない、という言い方もできるのでしょうが、「元ロッカー」という侮蔑をいい意味で生かした作品なのではないかと思います。
かっこいいぜジンセイ!とロック者としての名を叫んでしまうような不埒な作品がまた読みたいと思うのは、僕だけでもないでしょう。
また、この作品で一登場人物であった浮浪者を主人公に据え戯曲化した作品『フラジャイル』なんてのもあるんですが、この浮浪者がまたいい味出しています。彼の人生に涙するのも一興ですけどね。