高橋源一郎『日本文学盛衰史』レビュー
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レビュー
長めの感想
集大成的です。『ゴーストバスターズ』でのロマンティックな時代跳躍、『文学なんかこわくない』での真摯な文学持論、『あ・だ・る・と』での日なたのセックス、近年の作品でやろうとしてきたことが全部入ってます。これを長編小説として仕上げてくれたことに頼もしさを感じます。
タイトルどおり、日本文学の歴史を(正確には二葉亭四迷に始まった近代文学の流れを)総ざらいして、現代の文学状況を照らすような作品です。
物語は四迷の死から始まるんですが、葬儀に出席した夏目漱石が森鴎外に頼み事をするシーン。「たまごっち」を手に入れることはできませんか、と。ここで「ふざけてる!」と立腹してしまうような人は読み止めたほうがいいと思われます。残りの600頁は腹立ちの連続となるでしょうからね。だって石川啄木が朝日新聞社での業務後に夜な夜なブルセラショップのバイト店長してたりするんですから。イカンでしょ。
いや、でも、そうじゃないんですよ。すなわち彼らが現代に生きていてくれたらという熱い想い、あるいは逆に、自分も彼らの時代を生きたかったという作家的熱望。言うなら文学への愛ですので。
伝記風とか論文調とか、章ごとに色彩を変えながら中心へと迫ります。「この作品でついに、文学という謎を解き明かしてくれるのではないか?」と期待は高まります。果たしてそいつは解き明かされたのか?
「だって、これは小説だぜ。文学的すぎるといわれてもなぁ、文学的すぎて当たり前じゃないか」
「でも、先生は『露骨なる描写』をやりたいとおっしゃった。先生がほんとにやりたかったのは『露骨なる描写』ですか、それとも文学ですか」
「だから『露骨なる描写』に基づいた文学だよ」
「ということは、文学で『露骨なる描写』ができるとお考えなのですか?」
ああ、ちょっと長く引用してしまいましたけど。しびれてしまうのですよ、こういう直截な物言いに触れると。論文として書かれたんじゃだめで、小説であるからしびれるんです。ちなみに田山花袋がアダルトビデオ『蒲団'98・女子大生の生本番』を監督し、叩き上げのAV監督に追いつめられる場面なんですがね。
後半、もう全部解き明かしたんだというように、文章は理論から情緒へと推移してゆきます。このあたりは意見が分かれるところでしょうが、加速度的に美しくなる文体に僕なんかは大喜びなんですけれどね。安っぽい函に入ってても構いやしません。そんなわけでおすすめです。