町田康『耳そぎ饅頭』レビュー
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レビュー
長めの感想
コンセプチュアルなエッセイ集です。だからこれは恐らくエッセイ集ではない。短編小説集と読んだほうがいいんでしょう。そう読むことにします。
主人公はうだつのあがらないパンク歌手。偏屈に自堕落に過ぎゆく日々にそれなりに自足しつつ、自足している自分にふいに疑問が生じるわけです。このままでよいのだろうか、自分は果たしてダメ人間なのではあるまいか? そして、パンク歌手はパンク歌手なりの社会性を獲得すべく立ちあがるのです。
例えば自分はカラオケに行ったことがない、あんな阿呆な真似はできるかとこれまで拒んできた。しかし、この偏屈さこそがCDが売れぬ最大の原因なのではあるまいか。といって敢然とカラオケに向かうのですね。で、「けっこう楽しいやん」といって踊りまわるのだ。
すべてこの流れになってます。テレビでグルメ紀行番組を見ている、欲望をさらけ出して恥ずかしいやっちゃ莫連女め、っつってこれがいかんのだ蟹食うたる。といって北海道へ飛ぶ。ね。あるいはディズニーランドへ行ったことのない自分を恥じて行ってみたら感涙。ね。そんな風な主題が繰り返される連作小説です。
ノーマルな人々の素晴らしい社会生活に、初めて気がつくパンク歌手。俗っぽい行動をとることで凡人、あるいは俗物にまで自らを貶め(高め?)ようとする決意は、それもひとつのパンク。ってことですかね。どちらにしても、僕はパンク歌手だけど道で会っても避けないでね、という人のよさを全面に出してます。
ただ、これを小説というのは、主人公にそんな言動をとらせつつも、書き手である町田自身は自分で髪をざんばらに切ったり、自宅で蛍踊りを踊ったり(まぁ踊らないでしょうけど)する生活のほうをやっぱり快く思っているように感じられるということですね。いや、町田は偏屈だと宣伝広報してあるくのではなしに、「あー、自分をモデルにした主人公に、ここまでさせるかぁ?」と自嘲気味な人物造型に感嘆するのです。そのギャップが楽しめる読み物です。
そのストーリー性に加え、いつもながら文章表現も卓抜です。異物感がありながらも喉越しよく、たたら踏んでるにもかかわらずリズミカル。この特異な文体自体も小説とエッセイの垣根を唾棄するように畳み掛けられます。各章タイトルもすごいよね、「顕現する、ワオ!暴力世界」「樹下に狂へ、俺のこころよ。」 「虚ろ飯、うつけ飯」。ああ楽しげに踊るパンク歌手。ってんでおすすめです。