ガン死について。

近況報告

こんなことをこんなとこで書くべきではないんでしょうが、許してください。親戚連中や、まだ健在の祖父母も怒るかもしれませんが、あまり判断力がない今(感傷的なんです)、大目に見てください。

今回、母親をガンで亡くしました。笑い話にもなりませんが、僕が病院に着く5分前に死亡が確認されました。3年前に発見され、手術した時すでに完治できる段階を越えていました。ガンなんて自覚症状が出て気づくようじゃ遅いんです。転移した臓器を切り出しながら、徐々に死んでゆくのをただ見ているほかありませんでした。3年もったのは充分なことだと言えますし、苦しみからようやく解放されたことを喜びたい気持ちもあります。

それでも。

彼女はその病名を3ヵ月前に知りました。それまで隠してきたのを「もう残りわずか」というところで告知に至ったわけです。当然それは担当医の判断・指示によるものなのですが、強烈な疑問を感じています。最初に言うか、最後まで言わないか、どちらかであるべきではないか、と。

残りの人生をきちんと生きようと(ある種)開き直るには3ヵ月は短すぎる。もちろん、言わずとも薄々気づいてはいたそうですが。そりゃそうです。胃ガンの標準的なごまかしかたで胃潰瘍と説明していましたが、同じ胃潰瘍であるはずの近くの患者と、違う治療を受けていれば「おかしい」と思うでしょう。そんな疑念を生むくらいなら初めから話して、「だから頑張ろう」と(「だけど頑張ろう」ではない)言ってやるべきではなかったか。わからない。答えなんかないし、あったにしても今更引っ張り出してどうしようというのだ。それでもあのタイミングの告知は正しかったのか、と唸らざるをえないんです。

こんな話は珍しいことでもない。空き缶みたいにあちこちに落ちている。その中のひとつが自分のものだったら、と考えてほしいんですが。その時、医者や周囲の声とは無関係に、一番の理解者であるはずの家族が、その人の幸せだけを考えた行動をとってやってほしいと思います。

うーん。これも言うべきではないが、もういいや、なんでも行こう。後年、彼女は宗教に頼りました。少々のお金と引き換えに、安心して死んでゆける言葉をくれます。それにしたって、本当は僕らが、家族のものが、言ってあげなければいけない言葉でした。

後悔があるわけでもないんですが、あなたがその立場に立った時の参考になればとぼやいてみました。参考になんてなりませんね。どのみち正解はなにひとつ出てないんですから。

最後になりましたが、母の死を悼んでくださった全ての人に感謝します。