藤沢周『オレンジ・アンド・タール』レビュー
書誌情報
レビュー
長めの感想
朝日新聞(夕刊)連載ということで、いかにも新聞的な小説です。スケボーの腕を競ったりナイフで人を刺したり自殺したりする高校生の物語です。
こう言ってしまうと世界観が小さくなってしまうんですが、現代の社会問題に迫る中編ニ編から成ります。発行後に高速バス事件なんかもあったりして、ますます時事的な読み方が可能になってますが、はみ出したスピード感が楽しめる相変わらずの藤沢周らしい作品に仕上がってます。
表題作では、冗談のように屋上から宙に飛び出した友人の影を引きずる高校生が主人公になります。鬱屈してます。鬱屈をもてあましています。
橋の下に住むまだ若いホームレスにガキ扱いされただけで刺しちゃったりします。キレるってヤツですな。ナイフで刺したら(相手は? 自分は?)どうなるのかという想像力さえなくってただ逃げ出しちゃったりします。何にそんなに怯えているんだ?
「それって、基本的にぃ、頭の中にある、宇宙の狭さの問題なんだよなぁ」というホームレスのうめきと、「なんていうか、おめえはこういう理由でいなくていいんだみたいなのと違って、モロ、くるわけよ。いたの? って感じで。なんでいるの? って感じで」というナイフ少年の告白を比べつつ、結局同じものなんだろうと思います。
読み進むうちに彼らの思考経路が「解る」ようになってくるのですが、つまりは「友の死」がためにアイデンティティを揺るがしているというわけでもなくって、「なーんにも考えてない」のですね。もちろん、現実の少年達がそうだ、と言ってるわけではないですが。
で、「なーんにも考えてない」ペラペラの少年を主人公に据えうる、ということが藤沢周の強みだとも思うわけです。文体もあえて低レベルな感情に寄り添っていて、うまいです。「今の若者達は何故」という学者の分析よりは有用なんではないでしょうか。
併録の「シルバー・ビーンズ」は、刺されてしまったホームレスが主人公。大学をドロップアウトして家を捨てることになる「必然性」が綴られ、(高校生に対しての)大人として、つまり表題作の裏側から描かれているんですが、それでもやっぱりコドモの感傷なんです。そんな彼を、表題作の主人公は「伝説のスケートボーダー」として崇めてさえいるのだ。なんて小さな世界。
まぁ暴走族との激突シーンは(文脈とは関係なくっても)かっこよくて見ものだけれど。
「ナイフ」を少年の視点から考えてみたい人にはおすすめ。