法隆寺迷子ランド

旅行記

行程

1995-03-01
東京―館山―木更津―亀山湖―千葉―
1995-03-02
―斑鳩―七尾

東京から房総をひとまわりして、法隆寺へ寄って、石川県の実家へ帰る。常人にはありえないルート。

1995年3月1日(1日目) 房総くるり

館山の海
館山の海

この頃の僕は「時間はあるけど金はない」という標準的な学生で、それゆえ、青春18切符を使って鈍行旅、それ以外は考えもしませんでした。そうこうするうちに「鉄道」という趣味分野にゆるゆると引きこまれてゆき、「乗りつぶし」を目指したいとひとり心に誓ったりしてました。だからこの旅程で不審なルートがあるとするなら、それはその路線に乗りたいだけだったりします。

以下、メモを元に旅を再現してみます。大学の春休みに、ちょっと石川の実家へ帰ろうと、その旅程での寄り道(というのか大回りというのか)をしたものです。

その日は気象庁の計画通り雪になりました。3月とは思えない寒さ。蘇我で列車待ちの間、自販機で温かいココアを飲んだりします。陽が昇るにつれ雪は雨に変わっていったものの、止む気配は見えない。茂原で下車する予定を変更し、午前中はずっと列車に乗ってました。

安房博物館
安房博物館

館山でようやく雨が上がったので下車してみることにします。冷たい風がごうごうと行きすぎる海沿いを歩く。寂れた博物館・水族館からは遠く館山城が見えます。

木更津では狸囃子の證誠寺へ。境内に狸がいます。檻の中で神経症ぎみに動きまわっていて、あまり可愛いものではないんですが。

久留里線に乗って、終点上総亀山まで行ってみます。自然に溢れた湖の町。千葉で終着駅の風情が味わえる場所です。亀山湖で釣り上げた魚を誇らしげに掲げる男の写真が駅舎に貼ってありました。素晴らしく千葉らしいではないか。

千葉駅で降りて夕食。駅前再開発中でばたばたしていました。どんどん大都会になっていくんですね。

品川駅ホームで2時間並んで、大垣夜行に乗ります。例によって例のごとく。座れただけでよしとすべきか。

1995年3月2日(2日目) 迷子ダッシュ

法隆寺
法隆寺

奈良は斑鳩へ。中学校の修学旅行以来二度目の法隆寺。拝観料は高いけど、「世界最古の木造建築」などと言われるとそれだけでひれ伏してしまいます。だって1300年も建ってるんだもの、頭が高いってなもんです。時が止まった感じ。拝観料が年々高くなろうとも(しつこい)ここだけは飛鳥の時が流れてます。ぼんやりと五重塔など見上げているだけで癒される思いですね。

ここはやはり百済観音が素晴らしい。柔らかく直立するその麗しい姿、これを今回は見に来たんです。中学校の頃には当然、その美しさは分かりませんでした。歳をとって(というほどではまったくないですけど)、知識が少しずつ増えるにつれ、もう一度見なければ、もう一度見て心にとどめなければいけないと思い始めたわけですね。

当時、ガラスケースに収められていました(今は知らない)。風化を防ぐためにはしようがないのかもなのですが、彼女はこんな狭いところにいるべきではない、とぼんやり感じながら鑑賞します。

それから中宮寺へ。漆塗りの弥勒菩薩。「金剛仏かと見間違ごうほどの輝きでございましょう?」おばさんの説明を拝聴します。確かに。

さらに法輪寺。この辺りは静かです。拝観者も僕しかいない。堂内にずらり並ぶ木像。続いて法起寺。受付のおやじは無愛想だけど、日本最古の三重塔があります。

迷子の土管
迷子の土管

さて駅へ戻ろう。遠くに線路が見える。駅の方角は分からないけど、とりあえず線路のところまで行こうと、田圃の中を歩く。踏切に出ました。右を見ても左を見ても駅らしい姿は見当たりません。どっちだろう? とりあえず右へ。なかなかつかない。・・・迷子になってしまったみたいです。いったん右を目指した以上、引き返すわけにはいかなくて。線路に沿って歩いていけば必ずなんらかの駅へ出るはずなんです、それはもう間違いなく。

歩いていたおばさんに「この辺に駅はありますか?」と訪ねてみます。「遠いよ」「どれくらいかかります?」「そうやねぇ、私らの足なら半時間はかかるわ」「……半時間……」時計を見る。それじゃ予定してた電車に乗れないじゃないですか。夜中に実家へ着く綿密な計画であるから、これではそこまで辿り着けないかもしれない。大変だ。ダッシュします。

何度も足がつりそうになりながら、走り続ける。重い荷物がどんどん体力を奪って行くようです。息も絶え絶えに駅に到着。発車直前の奈良行きに飛び乗る。予定より30分後の電車です。電車内で時刻表をめくってルートを確認。奈良へ出て奈良線で京都へというルートですが、関西本線で逆に大阪へ出たほうが早かったということに気づきます。まぁ乗っちゃたもんはしようがない。福井で下車して夕食・古本屋という時間をとってあったので、そこで追いつけそうです。

なにやってんだか。今の僕なら「ビジネスホテルに飛びこみゃいいじゃん」と思うのですが、当時はホテルに泊まるのは堕落と考えてたので、野宿か車中泊のどちらかしか頭にない。3月じゃ寒くて野宿は無理だし、最悪は大垣夜行を往復するか(上り下りの交差点で逆方向に乗り換える。一度やったことがあります)と思ってので、なんとかめでたしです。福井では立ち食いそばをすすりこんで実家へは終電で入る。以上。(了)

このページへのコメント