初めての山陰(2ページ)

旅行記

1996年8月15日(4日目) 三朝、そして修験

三朝温泉・河原風呂
三朝温泉・河原風呂

やはりベッドは心地よく、ぐっすり眠ってしまいました。朝早くから因美線に乗ろうかと思ってた予定を変更し、なんとなく倉吉へ向かうことにします。そこからバスで三朝温泉へ。台風は過ぎ、雨は上がっています。よかった。河原に湧いている露天風呂が名物、ここは橋の上から覗き見自由なんですが、男しか入っていませんでした。残念。南苑寺をちらりと見て、再びバスに乗り三徳山へ。

三徳山三仏寺の投入堂
三徳山三仏寺の投入堂

三徳山三仏寺。本堂から奥院まで往復1時間とのことで、のんびりピクニック気分で歩こうかな。入山手続きをすると「六根清浄」と書かれたたすきをくれました。「お守りですので肩にかけて登ってください」。そうかそうかおもしろいなと歩くとすぐに道がなくなりました。目の前には崖があるだけ。その崖を誰かが登った形跡があります。木の根につかまりながら登ってみると、果たしてそこから道は続いていまして、なんともすごい道だとすぐに身構えることになります。さらには鎖にすがって岩壁にアタックしたり、なるほど神の加護が必要な本格的な登山道です。重いバッグを持ってきてしまったことを後悔したり。雨上がりということもあって地面はゆるくすべりやすく危険な状態です。足を滑らせたら死んじゃうなこれは。さすがは修験道の寺。しかし、その苦労のかいあって、頂上は素晴らしい眺めでした。妖力で岩壁の穴に投げ込んだと言われる奥院・投入堂(国宝)を前にしばし感慨にふける。

下山して、お茶の葉を売っていたおばあさんと少し話をする。聞くと、登山道ではやはり人が死んでるんだそうです。これまでに2人。生きて帰れてよかった。

再び三朝温泉。みささ美術館へ行く。ガンダーラ美術がたくさん。歓喜仏などエロティックなモノがいっぱい。やってるなぁ。張型など「そのまま」なものもあり楽しめます。これで20代後半の女性が艶っぽい声でガイドなどしてくれたら言うことないのですが。

東郷湖
東郷湖

松崎駅で下車、東郷湖畔をぶらぶら歩く。夕陽をバックに釣糸を垂れる男たちが絵になる湖です。そばには送り火をしている家がありました。門の前にろうそくをたくさん並べて、玄関脇で何か燃していた。日本的なお盆行事がまだ生きているんだねぇとしみじみ歩いていると、車を囲んで万歳している一団がいます。これから新婚旅行にでも行くんでしょうか。なにもかも古臭くていい味を出してますね。銭湯は表玄関が閉まっていて、ここもお盆休みか!とあせったのだが、横から入れました。

鳥取へ出る。この日は明日のしゃんしゃん祭りの前夜祭で花火大会があったらしいです。浴衣の女と、それ目当ての男が大勢いてわさわさしてる。若い煩悩の臭気が町を覆ってる。コインランドリーで洗濯でもしておくかと向かうも、見つからず。地図ではこのへんにあるはずだったのですが。あるいはシャッターが閉まっているこの建物がそうなのかもしれないと思ったけど、どうしようもなく。しようがない、すぐに寝てしまおうかと川沿いのベンチで横になろうとすると、ゴキブリが走り去る。さらにコンビニもない夜中、煙草を切らしてしまう。鳥取なんか嫌いだ。不貞腐れて睡眠不足。

1996年8月16日(5日目) 砂丘は砂丘でしかない

鳥取砂丘
鳥取砂丘

鳥取はバス路線が解りにくすぎる。路線図を色分けするのはいい。なぜそいつとバス乗り場の色分けが対応していないのだ。さらには料金表の色までバラバラだ。統一させんかい。まだある。乗り場脇に、停車するバス停を全て並べた路線図がなぜないのだ。普通あるだろう、料金を併記したやつ。まったくもう。と言っているうちに鳥取砂丘に着く。要するに起伏のある広い砂浜だ。そんなに異形でしょうかね? ラクダを歩かせて無理やり砂漠イメージにしているだけな気もします。

帰りのバスで、後ろに座ったじいさんが僕の肩を叩き「なんじゃー」と言う。「は?」「なんじゃー」。ああ、「何時や」と言ってるんだと気づいて、腕時計を示してあげました。

仁風閣
仁風閣

その後は仁風閣、鳥取城跡と見て歩きました。足が痛いと思ったら靴擦れになってます。なぜか両足の親指の上がざっくり切れてもいます。それ見たらこれ以上歩くのが嫌になっちゃって、駅へ戻ります。近くにあったブックオフへ。村上龍の『ヒュウガ・ウィルス』を買い求める。

今日はしゃんしゃん祭りが開催されるイベント日です。飾り傘をもって踊り歩くのだ。夜が本番なんですが、エキシビジョンのような形で昼間も駅前でやってる。しばらく眺めてましたがあんまり面白くなかったので(夜の部を見ないでそう言うのもなんですが)、本番イベントが始まる前に鳥取を離れることにして、列車に乗りました。

香住で下車。海辺の寂れた町。海岸はキャンプ場になってます。さらに進んで城崎温泉へ。文学館を見たあと、立ち寄り温泉に入ります。観光客が多すぎて温泉街の雰囲気を壊しているよう(もちろん自分も観光客です)。路上駐車の車にパトカーが大音量で警告してたり、なんだか落ち着かない。温泉街自体には味があるんですが、こんなに混んではだめ。ここで寝ようかとも考えてやってきたのですがやめて、豊岡まで出ることにします。

手頃な公園がなくて道端のベンチで寝るも、珍走団が頻繁に通り落ち着かない。それでもうとうとしていたところへ「起きろコルァ!」という声がかかる。身体を起こすと自転車の少年たちが逃げてゆくのが見えます。時計を見ると早朝4時。急に寒さを感じてきて眠れなくなったので、駅へ行ってみるとなんだ、待合室が開いているじゃないですか。夜は閉まってしまうと思って、外で寝ていたのに。ここで寝ればよかったんだ。実際、寝ている旅人が何人かいました。ずるい。

1996年8月17日(6日目) 最終日

加古川線に初乗り。それが今日のメインイベントです、哀しい哉。綾部福知山谷川と途中下車してみましたが、特に記憶に残るものもありませんでした。それから大阪で下車。実は初めてです、大阪。書店で『全国駅前銭湯情報』の最新改訂版を入手。やった。これだけでもう大阪で降りたかいがある。実際それだけなんですが。

京都ではコインランドリーでたまった洗濯物を処理する。

あとはお決まりのように「福井で立ち食いソバ」をこなしつつ、実家のある石川へ帰りました。(了)

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