日光と温泉

旅行記

行程

2002-01-12
東京―宇都宮―中禅寺湖
2002-01-13
中禅寺湖―戦場ヶ原―日光―東京

一泊二日で日光・中禅寺湖へ。日光東照宮へ参拝するのはもう三度目なんだけれども、いいところだなと思います。

2002年1月12日(1日目) 中禅寺湖

あるうららかな冬空の下、会社の仲間5人で中禅寺温泉を目指す事にしたのでした。ちょうど「プレステ2がほしい!」とばかり思っていた頃で、新幹線車中はやはり人並み以上にゲーム好きな先輩社員とゲーム談義に花咲かせたりしたわけです。その小一時間ばかりで「ほしい!」から「買う!」へと天秤は揺り下がっておりまして、旅の解散後その足でプレステ2を買って帰ることになります。でもそれは別の話。

この文章は、「ペルソナ2~罪~」というRPGをクリアした直後、その充足感のなかで書いているのですが、すでに買ってある続編「ペルソナ2~罰~」へとなだれ込みたい気持ちを抑えつつの土曜の昼下がりなのです。

旅の話でした。そうこうするうちに宇都宮へ到着。特に予定はしていなかったのですが、ここで途中下車して餃子を食べに行くことにしました。言うまでもなく餃子で名高い街ですからね。時刻は10時半。こんな時間に開いている店などあるものだろうかと目的地も知らずぶらぶら歩き、見つけた宇都宮餃子館へと潜入。

誰もいない店内。なんというか時間が早すぎるのですね。野菜餃子・ニンニク餃子・鮮肉餃子・しそ餃子・エビ餃子「5種盛り」を頼みます。この時間に餃子だけを食べに来る客というのは、どう見ても「餃子店をはしごするマニアたち」の風貌。みなで旨い旨いと食べます。生ビール飲んでたら酔ってもないのにお冷のコップひっくり返したり、すでに旅の目的を見失いつつあります。行き先は温泉なのですよ。大丈夫ですか。

餃子館でなぜかレターケース(干支入り)なんて手土産を持たされながら、鈍行列車に乗り込んで日光へ。駅前でレンタカーを借りて、中禅寺湖方面へ。徐々に高度を上げるにつれ積雪地帯へと入ってゆきます。いろは坂で猿と目を合わせたりしてるうちに湖畔に出ました。

中禅寺湖。冬の湖はやはり美しいですね。小さく波立つ湖面に山容が映り込み、その上を雲が留まることなく流れて。足元の雪を踏み固めながら風に吹かれて水際を歩いてみるのも風情あるものですが、あまりの寒さに車を停めることさえ考えませんでした。

「るるぶ」に載ってたんですが場所がよくわからず右往左往しながら、湖畔のレストラン、シェ・ホシノでランチ。

華厳の滝
華厳の滝

ああ、ようやく写真を載せることができました。今回、理由は知れないのですが、ほとんど写真を撮っておらず、3点だけの掲示になっています。

華厳滝です。轟音と水煙が肌に痛い、冬の滝。あちこち凍っており、幽玄さが増していますね。エレベーターで下った観滝台からは真正面に滝を見ることができます。

この時点でみな我慢ならないほど体も冷えきっていまして、早々に宿に入ることにしました。コンビニエンスストアで酒・肴をぎっしりと買い込んで、集落から離れた静かな林間にある奥日光ホテル四季彩へ。

買った酒を隠す暇もないくらいに手厚い歓迎を受け、日本酒をちゃぷちゃぷと揺らしながらチェックイン。ロビーでお茶と塩羊羹が供されます。できて何年も経っていない旅館で、館内には光が満ちています。

客室からは木々の間に中禅寺湖が見えます。掘りごたつがあったりするのも面白い造りです。

さて温泉です。中禅寺温泉は日光湯元からの引き湯となり、引いてくる過程で大量の湯の花が生じるのだとか。木の浴槽がぬめっています。浸かっていると体に染み込んでくるのが実感されるような強い湯でした。露天風呂も、雪を愛でながらのんびりとできます。写真を撮ってないのが残念なのですが、内風呂も露天もどちらも味のあるものでした。

食事は各種湯波勢ぞろいといったところで、質・量とも申し分ない。ケチをつけるところが見つからない宿だなと感心していると、思わぬところで落とし穴がありました。個室宴会場にての食事だったのですが、隣室に会社の慰安旅行と思われる一団が宴会を執り行っており、大カラオケ大会へと盛り上がりはじめたのですよ。ふすま越しに熱気がダイレクトに伝わってきます。重役がコブシを効かし、若手女性社員が溌剌と踊り、お局様があくまで請われて嫌々ながらという雰囲気を漂わせながら立ち上がり、見えてないのにまざまざと眼前に浮かぶ風景。哀れ我ら5人の命運はいかにといった状態になってゆきました。

でも、そんな不確定要素で減点してはかわいそうですね。それ以外にはほぼ満点を付けていい宿かと思われます。

食後、部屋へ戻って持参の酒にて2次会。飲み飲み語って過ごすのがこれ温泉の醍醐味ですよね。こんなところで書けやしない、相当にヘビィな打ち明け話もありながら、最近酒が弱くなってきたのか、いつのまにやら泥酔方面してしまったようです。

ついでに泥酔したまま温泉へ。灯りを落とした内風呂の味わいですとか、露天風呂からは満点の星空だったのにめがねを外してたらまったく見えず悔しい思いをしたとか、途切れ途切れの記憶はあるのですが、風呂後にまた飲みなおす約束だったらしいことはまるっきり覚えておらず倒れて眠りました。いつか死にますよね。そんな風にして温泉の夜は雪のように更けてゆくのでありました。

2002年1月13日(2日目) 二社一寺へ

戦場ヶ原
戦場ヶ原

おはようございます。

二日酔いで辛いのですが朝風呂へ入り、朝食を飲み下し、戦場ヶ原へと北上してみることにしました。宿からすぐですから。立ち枯れた木々がぽつりぽつりと伸び、山裾までまったいらに雪原が広がっています。オンシーズンにはハイカーで賑わう湿原であるわけですが、冬場には遠くからタロとジロが走ってきそうな雰囲気になっています。

クロスカントリー教室だか大会だかが横のほうで人を集めています(「クロスカントリー」という名称が一瞬思い浮かばず「スノーカントリー」と記しそうになってしまいました。それでは川端康成です)。三脚を立てて熱心に撮り降ろしてるカメラマンの脇で、静かに雪の足ざわりを確認したりなどして退却です。

日光市内まで戻り、日光山内へ寄りました。ぼくにとっては初詣を兼ねています。もう1月も半ばですし、同じような初詣客だとは思いませんが、割と混雑している模様でした。

聞くところによると、東京地方で育った人たちはみな、修学旅行で日光東照宮を訪ねるのだそうですね。北陸育ちのぼくは修学旅行では来ていないのですが、小学校時代の家族旅行で1度、数年前に1度訪れているので今回で3度目の参拝になります。

まずはセオリーどおりに輪王寺から。宝物殿で特別展示されていた「将軍直筆」の文物が見ごたえがありました。書き文字って人柄からその時の気分まできちんと出るものでしょう。家康、あるいは家光はこういう人物であったかとしばし見とれるようなものがありました。

日光東照宮
日光東照宮

それから日光東照宮へ。写真の陽明門は非常に好きなものです。なぜここまでやる必要があるのだろうかというような執拗さに溢れた造形は、鎮魂への祈りなのでしょうか。家康という人はそれほどまでに「惧れ」のようなものを残して逝ったのでしょうか。などというようなことは考えることもなく、カメラアングルにしか注意を払ってなかったりもしましたね。

ここは日光山内で一番の撮影スポットでもありますので、みな記念撮影しているのですが、もちろんぼくたちも撮りましたが、どこかのお子さんが非常に奇抜なポーズを決めてらっしゃいました。説明できないですし真似もできないのですが、本人的にもかなり苦しい姿勢のようで、なかなかシャッターが切れない間にぷるぷると震えはじめたりしていました。大人になってからアルバムに残るその写真を見て懐かしんだりするのでしょうね。時の流れというのは実に残酷なものでありますね。

そのほかに三猿の前で記念撮影したり、「見ざる言わざる聞かざる」を演じるのがここでは必須のことであるというのは理解のうえで一歩引いてしまう自分を持て余してみたり、鳴き龍の声に耳をすませたり。眠り猫は別料金払って見にいくほどのものではないということで、本殿を詣でたあとは参道から二荒山神社のほうへ向かいます。

ここでみなおみくじを引いて、ぼくは小吉だったのですが、ひとり「危」なんて見たこともない卦を引いた人もいたりして、指差して笑いながら下山します。

日光駅前の店でちょっと遅めの昼食。湯波ラーメン、湯波そば、湯波丼と思い思いに湯波を楽しんだあと、東武線に乗り込み帰路へ。車内で昨晩残った日本酒を傾け、あっという間に睡魔に襲われているうちに浅草到着。電気ブランでも飲みにゆこうかという話になったのですが、連休の中日だからでしょうか、満員であったので解散となりました。以上でございます。(了)

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