鶴岡・酒田の豪邸めぐり(3ページ)

旅行記

2005年5月6日(4日目) 酒田後半戦

ホテルから眺める山居倉庫
ホテルから眺める山居倉庫

翌朝。ホテルの窓から、これから訪ねるつもりの山居倉庫が見えます。

ちなみにこのホテル、全館無線LANに対応とのことだったのですが、設定がうまくないのか電波が弱いのか、ほとんどつながりませんでした。一番端の部屋だったからでしょうか。なかなかモバイルに適した社会になってくれませんね。

ともかくチェックアウトして改めて酒田観光へ向かいましょう。ホテル正面にある、当時を模した橋を使って川を渡ると山居倉庫です。

山居倉庫のよく知られた風景
山居倉庫のよく知られた風景

山居倉庫。このアングルの写真は酒田観光の代表風景としてよく見かけます。確かに絵になりますが、ようは米倉の裏側なんですよね。表より裏のほうが有名ってのはいかがなものかとも思います。

この写真の手前側は塗りなおされたようなキレイな黒壁なんですが、この奥の倉庫はもうちょっと汚いです。それはそれで味があるので、どちらの写真を使うか迷ったんですがこちらに。

米倉としてもまだ実際に使われているようで、業者のトラックが米袋を積み込んだりしていました。それにはちょっと驚きです。

庄内米歴史資料館には怖い人形
庄内米歴史資料館には怖い人形

倉庫を使った米の博物館、庄内米歴史資料館。山居倉庫の一角は「酒田夢の倶楽」としてギャラリーやレストラン、ショップなどが整備されているんですが、そこには混ぜてもらえないのか離れてオープン中です。

庄内での米作りの歴史が資料として展示されているほか、人形を使って農作業の風景が再現されています。リアルすぎで怖いです。この人たち、客がいないときには姿勢崩して休んでますよね、絶対。あー腰痛い言うて。

旧鐙屋にも怖い人形……
旧鐙屋にも怖い人形……

こちらもまた商人の邸宅です、旧鐙屋。廻船問屋ですね。昨日寄った本間家と同じ通りにあります。この通りが昔からのメインストリートだったんでしょうか。

帳場や台所で人形での再現があります。やっぱり怖いけど。なんだか豪邸見るのもお腹いっぱいになってきました。

屋号としては鐙屋、苗字は後年鐙谷を名乗ったそうですけれど、当然というかご子孫はいらっしゃって、やっぱり地元の名士だったりします。自分の数代前の先祖が暮らしてた建物が観光用に展示されているのってどんな感じがするものなんでしょうね?

酒田の猫。あまり歓迎されてない
酒田の猫。あまり歓迎されてない

疲れたのでしばらく猫を観察して和む。ちょっと警戒されてるようですけれども。

猫と分かれて海向寺に向かう。ここには即身仏が安置されているんですが、インターフォン押して係りを呼ぶように書いてある。収蔵庫開けてもらって見に行くだけの信仰もなかったので本堂に参拝しただけで戻ることにしました。住職にいろんな解説していただくのもつらいものがあると思って。

日和山公園に浮かぶ千石船
日和山公園に浮かぶ千石船

酒田港が見下ろせる広い公園、日和山公園へ。文学碑が点在してます。

千石船の1/2模型が池に浮かんでいて、その向こうには白亜の灯台。その横にはポニーが飼われてたり。いろいろある公園です。

さて。そんなこんなでお昼。今日帰宅するのであればそろそろ帰り支度をすべき時間です。ゴールデンウィークはまだ残ってるのでもう1~2泊はできると迷い気味だったんですが、天気予報で明日雨らしいというのでやっぱり帰ることに。ルートとしては余目から陸羽西線に乗って新庄へ、それから新幹線で東京へという切符を買って、なんとなく庄内、余目で途中下車。

余目絵画展示館
余目絵画展示館

地元作家の水彩画を収蔵する余目町絵画収蔵館。図書館に併設されていて、図書館職員に頼むと開けてくれます。また民家の一部を改修して造ったような耐雪書道美術館は閉まってました。その辺ぶらぶら歩いて駅へ戻る。

駅の横にある中途半端な広さの公園で本を読んでたのですが、本が吹っ飛びそうなくらいのすごい風になってきました。駅待合室へ移動。

新庄行きの列車は強風のため遅れていて、徐行運転でゆるゆる進んだんですが、途中の狩川で完全に止まってしまいました。某線の事故からまもないので安全を取ってるんでしょうね。運転手(ワンマンだから運転手=車掌ですね)が乗客ひとりひとりに行き先を聞いて歩いてる。

『闇の楽園』を読み終わり、宮本輝『天の夜曲』に入ってもまだ動かない。もしやここで夜明かしか?とも思ったんですが、なんとか運転再開し、1時間遅れで新庄到着。なんとかその日中に東京へ帰ることができました。

今回の旅では5冊の本を持って出たんですが、2冊半しか読めませんでした。すみません。(了)

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