肥薩線で鉄ちゃんのふり(2ページ)

旅行記

2005年10月25日の続き

球磨川に沿った肥薩線へ
球磨川に沿った肥薩線へ

肥薩線は球磨川沿いに走る気持ちのいい路線だ。しかしトンネルも多く、車窓を楽しもうとするとすぐ暗転になってしまう。鹿児島本線(現・肥薩おれんじ鉄道)ができるまではこの肥薩線が熊本と鹿児島を結ぶ大動脈だったのだが、今では存続の危ぶまれるローカル線だ。そのぶん、静かな山村を抜ける旅情が楽しめるラインではある。

途中、球磨町の一勝地駅で下車する。その駅名にあやかって、受験や勝負事にご利益があるお守り……風の入場券を駅で販売している。「地に足つけてまず一勝」。昔の愛国駅→幸福駅みたいなもんだ。

立ち寄り温泉、一勝地温泉かわせみ
立ち寄り温泉、一勝地温泉かわせみ

そのお守りが目当てではなく、温泉があると、昨晩ネットで調べてきたのだ。

誰も住んでいないような家、崩れさった家が並ぶなかを20分ほど歩くと、「一勝地温泉かわせみ」がある。宿泊施設でもあるけれど、立ち寄り入浴可能。

すいていたのでゆっくり浸かった。サウナ、露天風呂もあるので何往復か。アルカリ泉特有の、表皮が溶け落ちるような感覚が気持ちいい。休憩室では何人かが湯上りに横になっている。

青井阿蘇神社の楼門
青井阿蘇神社の楼門

さらに肥薩線で山間を進み、盆地に出たところが人吉だ。熊本県南部の中核都市、沿線では一番の観光地。駅で観光マップをもらい、市内観光に出る。

駅前にはからくり時計があり、毎時になにやら動くらしいのだが、待ちきれずに歩く。車道をよたよた歩いている犬を呼び止めたりしながら歩く。

まずは青井阿蘇神社へ。806年創建という古社で、殊にどっしりとした楼門が立派。軒下四隅には白い鬼面があり、珍しい様式になっている。カメラのズームで寄ってみるとかなり怖い。鬼瓦と同様に魔除けの役を果たしているんだろうか。

楼門もそうだが、本殿も茅葺で重量感がある。鳥居前に太鼓橋が架かる蓮池があるのだが、池が少々汚れていたのが残念。

幽霊が出たという永国寺の池
幽霊が出たという永国寺の池

次は永国寺。ゆうれい寺として知られる。幽霊の絵が描かれた掛け軸が祀られているのだ。本堂に住職の「説法ビデオ」が設置されていて、団体客が見ていたので後ろから聞く。境内の池に現れた幽霊を描いて見せ、自分の恐ろしい容貌を知った幽霊が成仏させてくれるよう願った、といった由来を解説している。「今はもう出ませんからね」って漫談師のような口調に団体がどっと笑う。さらには「幽霊など本当はいないのです。私たちの心が作り出して見せるものなのです」なんて言っていて、ゆうれい寺としてそんな言い方はないんじゃないかと思った。幽霊絵は写真に撮っちゃいけないような気が出ていたので避け、「出た」という池の写真を貼っておく。

生活の湯としての人吉温泉元湯
生活の湯としての人吉温泉元湯

人吉は温泉の町でもある。市内には数多くの温泉銭湯があり、スタンプラリーだってやっている。そのなかの人吉温泉元湯へ。水道(カラン)の設備もないような古いタイプの湯で、近所の爺さん方が床に座って小さな湯船の湯を頭からかぶったりしている。もちろん観光施設じゃなくって生活のなかの銭湯なわけで。鄙びたいいムード。

僕は本日二湯目でもあるので、湯船に浸かってうぃーとか言うのみ。やや熱めの湯だが、掛け流しになっていて、肌触りもよい。湯の花なのか汚れなのか微妙なものがたくさん浮いている。もちろん湯の花だとは思うのだが、一緒に入っている煮干のような爺さんに囲まれて入っていると断定する自信はなくなってくる。

石垣が残る人吉城跡
石垣が残る人吉城跡

さらに歩き、元湯からほど近い人吉城跡。一部神社となっていて、境内に鴨が大勢たむろしていて驚く。城域は案内板がしっかりしていて、読んではなるほどと思い、往時の姿を求めて辺りを見回すのを繰り返す。本丸が居住スペースではなく祭祀中心の場だったという話も面白い。

本丸にある東屋は、まぁよくあることではあるけれど、落書きで埋まっていた。そのなかで、天井に名前とともに「6さい」って書いてある。どう考えても6歳の子供が届く高さではないので、親が持ち上げて書かせたんだろうか? 嘆かわしいと思わないか。

人吉城跡から見る夕陽がきれいだった
人吉城跡から見る夕陽がきれいだった

そうこうするうちに日が暮れてきた。昨晩立てた予定ではもう少し先まで行く予定だったのだが、今日はここまでにしよう。「温泉の付いたシティホテル」という惹句の朝陽館を訪ねてみる。ちょうどキャンセルが一つ入ったところなんですよ、といって和室に通された。シティホテルではなかったのか。

洋室の部屋もあるが、温泉大浴場もあったり、フロントの方のおせっかいも含めて旅館的ではある。悪い意味ではないけど。「明日は山線ですか?」と言われる。肥薩線の人吉から八代方面を川線、吉松・隼人方面を山線と呼ぶらしい。肥薩線に乗りたがる鉄道マニアには常識なんだろうか?

夕食は近所のうどん屋で天丼。近所は飲み屋街で、「そんなに呑みたいわけじゃない、ビールくらいは頼むけど、普通に夕食を取りたいだけ」が主体の僕には困るシーン。それも一人旅となるとなおさら。選択の幅はあまりなくってのうどん屋ということになる。

2005年10月26日(4日目) 日本三大車窓に逢いに

SL展示館がある矢岳駅で停車
SL展示館がある矢岳駅で停車

「あれ、(山線の発車時刻まで)まだ時間ありますよ?」と怪訝な顔をされながらチェックアウトし、人吉駅裏にある洞穴群を見に行った。岩盤に掘られた古墳で、矢筒や動物などの装飾が彫り込まれているのが特徴。

そんなわけで山線。人吉を出てほどなくループとスイッチバックというマニア受けの仕掛けがあり、右を見たり左を見たり忙しい。山越えの観光列車となっていて、「景色を楽しめ」といってところどころ停まる。SL展示館がある矢岳駅には15分ほど停車、暇な乗客がわらわらと降りて見に行く。

日本三大車窓は霧に煙る
日本三大車窓は霧に煙る

矢岳駅を過ぎた少し先が、篠ノ井線(長野)姨捨・根室本線(北海道)旧狩勝峠と並んで日本三大車窓と言われるポイント。ここでも停車、写真を撮らせてくれる。キャビンアテンダント(?)がプラカードをもって車内を練り歩く。「こちらが日本三大車窓でございま~す」。あいにく天候が悪く、山並みが霞んでる。姨捨のほうが好きだったかな。

その先の真幸駅ホームには「幸せの鐘」がある。「少し幸せな人は1回、それなりに幸せな人は2回、すごく幸せな人はいっぱい鳴らしてください」(うろ覚え)。鳴らしたい人は停車中に駆け下りてゆく。みんな2回しか鳴らさないようだった。僕? 僕はそんなもの鳴らしに行かない。

国分駅ホームにいた猫
国分駅ホームにいた猫

吉松駅で乗り換え。鉄道基地として栄えた頃を偲ぶように、駅横には鉄道資料館がある。昼食をとろうと歩いてみるが何も無いので隼人に出た。その後、国分駅でも下車。そのどちらかでラーメン(忘れた)。写真はそのどちらかの駅ホームにいた猫(たぶん国分)。

ぽつぽつと雨が降り出している。雨になると途端に出歩く気分を失ってしまう。何か面白いものあるかもと都城駅まで歩を進めたが、そのままホテルへ。ホテルの部屋からネットで検索して見に行くべきところを探し、そばにあったブックオフに入る。居酒屋で鳥刺の夕食。

結局この日は「鉄道」関係しかしてないな。

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