松坂ビルは、空襲の前まで、淀屋橋から大阪駅へ少し戻った御堂筋の東側に建っていたのだが、その跡にも、いまは数十軒のバラックが持主である松坂熊吾に何の許しも得ぬまま店を張っていた。
戦後間もない大阪。淀屋橋から川を越えて大阪駅側へ戻ったところ、御堂筋の東だったら西天満の区域ですかね。大阪は焼け野原、無一文になってしまった主人公がここで生活を立て直していきます。自伝的大河小説の第一巻で、「松坂熊吾」は宮本輝の父が投影されています。
掲載日:2012-08-05
松坂ビルは、空襲の前まで、淀屋橋から大阪駅へ少し戻った御堂筋の東側に建っていたのだが、その跡にも、いまは数十軒のバラックが持主である松坂熊吾に何の許しも得ぬまま店を張っていた。
戦後間もない大阪。淀屋橋から川を越えて大阪駅側へ戻ったところ、御堂筋の東だったら西天満の区域ですかね。大阪は焼け野原、無一文になってしまった主人公がここで生活を立て直していきます。自伝的大河小説の第一巻で、「松坂熊吾」は宮本輝の父が投影されています。
西天満(にしてんま)は、大阪府大阪市北区の町名。現行行政地名は西天満一丁目から西天満六丁目。
東端は天満堀川跡の阪神高速12号守口線、南端は堂島川、西端は御堂筋、北端は曽根崎通および寺町通り。北東角に堀川戎神社があり、南端の堂島川には上流から難波橋・鉾流橋・水晶橋・大江橋が架かっている。
堂島川沿いの南部に大阪高等裁判所などの官公庁やオフィスビルが立地する一方、西は北新地、北は兎我野町など北野の歓楽街に隣接している。
現在の1丁目・3丁目・5丁目のそれぞれ全域および2丁目・4丁目のそれぞれ大半が西天満と総称された天満の天満堀川以西
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