帯広

物語の舞台への旅

帯広 - イッセー尾形『とりあえずの愛』の舞台

帯広(北海道・帯広市)

荒野にある日忽然と碁盤の目の帯広が出来上がり、多くの人たちがやって来て、今までとそっくりの生活を始めた......そんな印象だ。

「山田太郎がやって来た」より。

奇術師の依頼で帯広にやってきた主人公。初めての帯広。ここに高校の同級生がいます。

北海道開拓時代に造られた碁盤の目状の道路。帯広だけではなく北海道全域そうですけどね、整然とした区画の街並みは分かりやすいとも言うけど、個人的にはむしろ迷います。

帯広市について

帯広市(おびひろし)は、北海道にある市。十勝総合振興局所在地。計量特定市。

1883年(明治16年)5月、静岡県出身の依田勉三率いる晩成社一行が入植した。帯広の開拓は晩成社はじめ、富山・岐阜など本州からの民間開拓移民によって進められたが、1903年(明治36年)の帯広監獄の設置に伴って急速に市街地が形成された。十勝地方の中心都市であり、農業を基幹産業とした十勝の農産物集積地となっている。また、食料品加工や地元の資源を活かした製造業も盛んである。明治時代に農耕馬を競争させたことから生まれたばんえい競馬は、唯一帯広市で開催している。2008年(平成20年)には国の「都市と暮らしの発展プラン」に位置づけられている「環境モデル都市」に認定されており、低炭素社会の実現に向けて取り組んでいる。

アイヌ語で「川尻が幾重にも裂けているもの」を意味する「オペ」(川尻・裂け・裂けている・もの)の上部の音を採って、十勝平野の広大さにちなんだ「広」をつけ「帯広」としたとされる。

現在の帯広川が札内川に合流する直前で、幾重にも分流することに由来する。

幕末から明治初期の記録には「オペリペリケプ」「オベレベレフ」「オベリベリ」などの記載も残る。

by Wikipedia

このページへのコメント