洲崎

物語の舞台への旅

洲崎 - 松浦寿輝『花腐し』の舞台

洲崎(東京都・江東区)

そうだ、このあたり、木場から少々足を伸ばした洲崎の一帯はかつては遊郭の町だったのだと、榎田は自分がほとんど反射的に口に出してしまった言葉で初めて思い出したような気持になり、やはりずいぶん遠くまで来てしまったのだ、東京のきわの海べりの一郭まで漂い出してしまったのだとぼんやり思う。

「ひたひたと」より。

もともとは海で、明治期に埋め立てた後に遊郭が移転してきた洲崎。昭和33年まで「洲崎パラダイス」として栄えてたからそんなに昔の話じゃない。

「遊郭の跡っていうのは、今でも残っているんですかね」と榎田同様の問いを発するときには、下記にすごく分かりやすくまとめられているので見に行ってください。↓

洲崎遊郭跡を歩く
http://www.tokyo-kurenaidan.com/yukaku1.htm

ほか文学作品では芝木好子『洲崎パラダイス』があり、こちらは映画化もされています。

洲崎_(東京都)について

洲崎(すさき)は、東京都江東区東陽一丁目の旧町名で、ここは元禄年間(1688~1704)に埋め立てられた土地で、古くは「深川洲崎十万坪」と呼ばれた海を望む景勝地。明治21年(1888)に根津から遊郭が移転し、1958年(昭和33年)の売春防止法成立まで吉原と並ぶ都内の代表的な遊廓が設置され、特に戦後は「洲崎パラダイス」の名で遊客に親しまれた歓楽街であった。

なお、現在の墨田区向島5丁目にあたる地区もかつては洲崎と呼ばれていた(ただしこちらは「須崎」の字が当てられることが多かった)が、牛島神社・三囲神社(田中稲荷)の旧地や長命寺などが近世以前から存在する古くからの村落で、現在はどちらかといえば明治期創業の「言問団子」に起因する形で(在原業平伝承にちなむ)「言問」の名で知られている。

他に、千葉県・神奈川県にも、同名の地名がある。洲崎を参照。

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