小田原

物語の舞台への旅

小田原 - 保坂和志『この人の閾』の舞台

小田原(神奈川県・小田原市)

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「小田原、一時」という約束の時間に着いて駅前から電話を入れると、すでに電話でだけは何度も話している奥さんが驚いた声で、小島さんは今日は朝から真鶴の方へ出掛けてしまって戻るのは四時か五時だと言うので、ぼくは「それならまたその頃電話します」と答えた。

表題作より。

冒頭部分です。ヒドイですね、小島さん。

主人公は小田原で待ち合わせの人にすっぽかされ、旧知の女性が小田原に住んでいることを思い出して、時間つぶしにその人に会いに行きます。

小田原市について

小田原市(おだわらし)は、神奈川県西部の市である。施行時特例市に指定されている。

関東地方の南西端に位置し、戦国時代には後北条氏の城下町として栄えた。また、北条早雲から北条氏直まで北条五代の隆盛を影で支えたという風魔忍者の里。江戸時代には小田原藩の城下町、東海道小田原宿の宿場町として盛えた。箱根峠より東側の宿場町として、現在も箱根観光の拠点都市である。1876年(明治9年)4月17日までは、現在の神奈川県西部と静岡県伊豆半島を範囲とする足柄県の県庁所在地でもあった。西湘地域の中心的な都市である。

小田原提灯とかまぼこ、梅、オシツケ等の特産地として全国的に有名である。最近では小田原バーガーや小田原どん、かまぼこドッグ、スミヤキ、オリーブを売り出している。

一時期は東京のベッドタウン化したとも言われたが、長期不況で人口動態が減少に転じた。一時は20万人を超えた人口も20万を割り込み、新幹線通勤定期代に対する補助制度を設けるなど人口確保のための政策を実施している(ただし、2008年(平成20年)3月31日までに転入した対象者をもって新規受付は終了)。また駅周辺の再開発、および郊外での住宅、都市開発も少しずつ進んでいる。

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