岐阜城

物語の舞台への旅

岐阜城 - 清水義範『銅像めぐり旅』の舞台

岐阜城(岐阜県・岐阜市)

私には、岐阜城で見てみたい信長像があったのだ。それは、平成十年から、城の二階に常設展示されている織田信長座像の複製である。新装一周年を記念してそこに置かれるようになったものだ。

石像でも木像でも「銅像」とここでは呼ばれてるので銅像めぐりの一環には違いない。岐阜市は駅前の繁華街をぽくぽく歩いたことがあるのみで、金華山・岐阜城の方へは行ってないのですよね。一度ちゃんと行って見ねばと思っています。

ここで取り上げている信長の座像は、本のなかで写真も載ってるんですが、なかなかしっかりした造り。実物の信長に近い面をしてるようです。見る価値あると思いますよ。

岐阜城について

岐阜城(ぎふじょう)は、岐阜県岐阜市(旧・美濃国井之口)の金華山(稲葉山)にあった日本の城(山城跡)。織田信長が、斎藤龍興から奪取した稲葉山城の縄張りを破却して、新たに造営したものが岐阜城である。城跡は岐阜城跡(ぎふじょうあと)として金華山と、その山塊の2,091,602.74平方メートルが国の史跡に指定されている。その範囲は、現在の国有林の範囲に符合する。

『信長公記』に、「尾張国小真木山より濃州稲葉山へ御越しなり。井口と申すを今度改めて、岐阜と名付けさせられ」と記載されている。稲葉山(井口山)からの続きが瑞龍寺山という。

* 1201年(建仁元年) - 二階堂行政が稲葉山に砦を築いたのが始まりとされる。続いて行政の娘婿・佐藤朝光、その子伊賀光宗、光宗の弟・稲葉光資が砦の主となり支配。二階堂行藤の死後、廃城となる。

* 15世紀中頃 - 美濃守護代・斎藤利永が、この城を修復して居城とする。

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