八木邸

物語の舞台への旅

八木邸 - 山川健一『新選組、敗れざる武士達』の舞台

八木邸(京都府・京都市中京区)

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壬生の八木邸は今、観光名所になっている。新選組人気で非常に混雑しているが、少し待っているとガイド付きで案内してくれる。いわゆる、壬生の屯所である。

綾小路通にある壬生屯所。西本願寺に移るまで、ここが新撰組の京都の拠点です。NHK大河ドラマでやってた頃の本なので、通常以上に混んでた頃でしょうが、そうでなくても人気の新撰組、観光名所です。梁に刀傷が残ってたり、往時を忍ばせる建物です。

私は修学旅行の自由行動で行った気がします。

八木邸について

八木邸(やぎてい)は京都市中京区壬生にある郷士八木家の邸宅で、幕末に新撰組の屯所として使われた。

2018年現在も八木源之丞の子孫が継承している一方、歴史的建築物として一般に公開されている。芹沢鴨が暗殺された際に付いたとされる刀傷など、新選組にかかわる遺構がある。

八木家の始祖は八木又兵衛。壬生村の郷士。越前の戦国大名・朝倉義景の子。八木家のウェブサイトでは、「但馬国で八木安高により起こった」としている。源頼朝より今の家紋(三つ木瓜)を拝領したと伝わる。室町時代に京の壬生に移ったとする。

八木邸のある壬生の地は水が豊かで農耕に適した土地であり、京都でも有数の農業地帯であった。八木邸は小高い場所に建てられた。幕末には江戸浪士の宿所となる。

文久3年(1863年)2月23日、浪士組として上洛した近藤勇と試衛館一門の7名、及び芹沢鴨、新見錦、平山五郎、平山重助、野口健司らが投宿した。その後、浪士組の江戸への引き上げの際に残った芹沢鴨、近藤勇ら13名はそのまま八木邸に残り、同年3月16日「松平肥後守御領新撰組宿」と八木家右門柱に表札が掲げられる。同年9月18日芹沢鴨、平山五郎ら4名が八木邸奥座敷にて暗殺される。

昭和58年(1983年)6月1日、京都市指定有形文化財に指定される。

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