竹富島

物語の舞台への旅

竹富島 - 池上永一『夏化粧』の舞台

竹富島(沖縄県・竹富町)

島の南端に星見石と呼ばれる石がある。ちょうど人差し指が伸びたような岬の上にあるその石は、乙女の丸い爪を思わせた。

「星見石と呼ばれる石」は実際に八重山諸島に点在します。星の観測に使われたというけど、実際にはよく分からない謎の多い遺物。ロマンですね。

作品では、島中央部に天文台があるなど、舞台としては石垣島であろうと思われます。石垣島には星見石が3つあるんですか?

つい先日、こんなニュースがありました。

幻の「星見石」竹富で確認 10年の"捜査"実る
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-136111-storytopic-5.html
ひとつ謎のままだった星見石の位置が判明したのだとか。
竹富島のなごみの塔の下。

なんてタイミングのよさ。ということで地図ポイントは竹富島に落としておきます。

竹富島について

竹富島(たけとみじま)は、沖縄県の八重山列島にある島である。全島が沖縄県八重山郡竹富町に属している。

八重山列島の中心地である石垣島の南約6kmに位置し、石垣港からは高速船で約10分の距離にある。

最初に竹富島に渡来して新里村を開いたとされる伝承上の人物で、六山のひとつである花城御嶽に祀られているタキンドゥン(タガニドゥン、他金殿)が島名の由来とされる。1708年の『指南広義』や1721年の『中山伝信録』には竹富島が「達奇度奴」として記されている。一方、1697年から作成された『元禄国絵図』には「たけとみ嶋」、1719年に新井白石が著した『南島志』には「堂計止美島」(タケトミ)と記されており、この頃から「たけとみ」という呼称が存在していたことが分かる。現代の竹富島方言(テードゥンムニ)では「テードゥン」、石垣方言では「タキドゥン」という。

漢字では、古くは「竹富」と表記されていたが、1729年に琉球王府が「竹」の字の使用を禁じたため「武富」と表記するようになったとされる。以降、「武富」と表記されていたが、明治20年代頃から再び「竹富」と表記されるようになった。

by Wikipedia

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