洛陽

物語の舞台への旅

洛陽 - 諏訪哲史『りすん』の舞台

中国・洛陽

写真

「んと...、前後あわせて四泊? かな。その間に麦刈り見に行ったろ? おばさんの知ってる郊外の農家まで」
「あそっか。あれって洛陽だっけ。えっと...たしか、ものすごい満員のバスで...」

主人公たる兄妹の妹は満州の生まれで、故郷を訪ねるように兄妹で北京とか大連とか中国を旅したことがある設定。引用部は洛陽の思い出を語っている場面です。

黄河中流域の古都。歴史のわりには見るべきものがあまりないとも言うけど、郊外にある中国三大石窟の一つ、龍門石窟がみどころ。

洛陽市について

洛陽市(らくようし、洛阳市、、Luoyang)は、中華人民共和国の河南省西部にある都市。しばしば関中の長安と並んで中国王朝の首都となった。

中国における西の長安と東の洛陽が並び立つ両都制になぞらえて平安京の西半分の右京を長安城、東半分の左京を洛陽城と雅称した事に由来し、やがて右京の荒廃と左京の繁栄に伴い平安京全体の別名となり、その一字「洛」をもって京都を表すに至って京洛・洛中・洛外・上洛などの言葉が生まれた。

洛陽の南には洛水が流れており、これが地名の由来となっている。「陽」は「日当たりのいい場所」の意で、河谷の北側斜面などの南中した太陽と向かい合う土地を指す。つまり、山岳や丘陵の斜面では河谷とは逆に「陽」は南側斜面にあたる。

また、洛陽の北に北邙山があり、王朝時代のの王侯や貴族たちはほとんどここに埋葬された。北邙山の本来の名前は邙山である。邙山が洛陽の北に位置するので北邙山と呼ばれるようになった。元々北邙山は景色が美しい名山であった。しかし、その秀麗な景色を穴場とした高官たちが一つ二つと北邙山に墓を作り、北邙山を墓地にした。

by Wikipedia

このページへのコメント