グローブ座

物語の舞台への旅

グローブ座 - 鴻上尚史『名セリフ!』の舞台

グローブ座(イギリス・ロンドン)

イギリスが、世界の中で大きな顔をしているのは、間違いなくシェイクスピアがいるからです。つまり、高知県人にとっての坂本龍馬、北海道人にとってのクラーク博士(?)みたいなものです。

分かりやすいたとえですな。もちろん誇張だとしても、あながち外れてもないような。「演劇の本場」として世界中から学びに来るわけですよ、英国風演劇を。よく考えたら何が本場だかわかりゃしないんですが、それがシェイクスピアの力。

ロンドンでは再現されたグローブ座が名所のひとつですし、故郷ストラトフォード・アボン・エイヴォンでは
シェイクスピア生家も保存されてます。シェイクスピアを訪ねる旅ってのも昔からイギリス定番ではありますね。

グローブ座について

グローブ座(グローブざ、Globe Theatre)は、ロンドンのテムズ川南岸(サウス・バンク)のサザーク地区にあった劇場。1599年開業。ウィリアム・シェイクスピアの戯曲が数多く初演された劇場として、またエリザベス朝を代表する劇場の一つとして演劇史に名を残している。

劇場は木造で、20角形の円筒型の構造となっていた。中央の中庭部分は立ち見客用の平土間と、建物から土間に突き出す形で設けられた舞台からなっていた。また、円筒の部分は桟敷席となっており、追加料金を支払った観客が上がっていくことができた。この桟敷席では、座って舞台を見下ろしながら観劇することが可能であった。

舞台上には2本の柱がそびえて居た。この柱は劇的効果を高めるように演出されることもあったが、柱より奥で演じる俳優の演技を隠してしまうこともあった。ただし当時の観客は、好きな時に見やすい場所へ自由に移動して見るという観劇スタイルであったため、大きな問題にはならなかったという。

舞台奥には俳優や舞台装置の出入り口があり、その向こう側は、楽屋や劇場の外などに通じていた。劇場の外側も、群衆シーンや軍隊の行進シーンなどに出演する役者の控え場所や、「遠くから聞こえてくる効果音」を作り出す場所などとして使われていた。更に舞台奥二階にはバルコニーがあった。その他、舞台面にはセリや吊り物を上下させる装置などがあったことも知られている。

1613年6月29日、『ヘンリー八世』の上演中、装置の大砲から発火した火によって火災が発生し、劇場は全焼したが、翌年には再建された。

1642年、清教徒革命の影響で劇場は閉鎖され、2年後の1644年に取り壊された。1970年、アメリカ出身の映画監督・舞台監督・俳優で、赤狩り後にイギリスに移住したサム・ワナメイカーがグローブ座再興のために基金を設立し、1997年には、サウス・バンクのグローブ座跡地から、北西約200mほど離れたテムズ川沿いの場所に、新たなグローブ座が復元された。「シェイクスピアズ・グローブ(Shakespeare's Globe)」と呼ばれているこの建物は、建築当初の16世紀末の姿を再現した木造建築で、鋼材などは一切使用されていない。

グローブ座を模した劇場はアメリカやドイツなど各地に多数建てられ、シェイクスピア演劇の上演などに供されている。

*早稲田大学構内にある演劇博物館は、グローブ座の構造を参考に、正面が舞台になるよう設計されている(設計は今井兼次)。

*1988年には、グローブ座を模した東京グローブ座が、東京都新宿区百人町に建造された(設計は磯崎新)。

by Wikipedia

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